和歌と俳句

石橋辰之助

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雲海になほ明けやすき霧かゝる

われ濡らし霧雲海に消え去りぬ

短夜の国原とざす霧に濡れ

雲海に人のわれらのときめぐり

岩群の穂高覚めゐるみぢか夜に

岩群の辺の雲海くらかりき

岩群はとく明けぬるに空焼けず

夏山の地図古り母も老ひたまふ

母のまへ夏山恋ふるつぶやきを

夏山は馴れし我なりゆかしめよ

夕餉すみ夏山のさま母は問ひぬ

夏山の安きを言ひつ夜の更けぬ

夏山に母のうれひは断ちがたく

もの言はずわれ夏山の書を瞶む

山恋ひて術なく暑き夜を寝ねず

夏山のかの月光をおもひ更けぬ

夏山に母にぞかよふわがこころ

落ちゆく日あつく牧犬よこたはり

真夜を立つ牧夫に霧の牧ひそか

霧の夜のひとつ灯さげて牧舎出づ

乳はこぶ馬に更けたる霧ゆけり

ウヰンドに朝霧降れりゆきゝなく

緑蔭の戸毎に朝のミルクあり

落葉松の径晩涼の町に入る

浅間の火避暑の人らの夜あるきに

避暑の夜々蛾は更けし音つたへくる

夏潮の波によろめき身をひたす

波のりのさままねびては膚やきし

夏潮に手にせる梨に日はそゝぐ

街路樹に夜風つのりつ蛾のとべり

月光に伸べし手のペン夜は更けぬ

谿とほく月夜の小村濡れて見ゆ

港の夜更けて羽蟻を灯にふらす

海港の坂の秋日に彳ちてあつし

穂草持ちほそりし秋の野川とぶ

栗ひろふ径は夕映え風立ちぬ

野の家の風見ひかれり初あらし

初あらし野川はひかりうしなへる

散弾を掌にしたる日の秋ふかむ

散弾を掌に白菊の豪華見む

菊見つゝ生きねばならぬ詩を慾りぬ

菊澄みてしづけしと思ふ日は遠し

汗ばみし掌の散弾を菊にうつ

白菊に散弾ひかり土くれと

つかれきし目に白菊の澄みまさる

白菊の豪華にゆふべせまりゐる

月光を夜の岩群と扉に浴びぬ

月光に石落つる音吸はれゆく

月光の岩攀づわれをうつゝみぬ