石橋辰之助
落葉松の立のまばらに雪の嶺
落葉松の芽も白馬も闌けし春
落葉松に雪解の水のせゝらげる
落つる日の嶺をはしれる樹氷かな
初雪の穂高に落つる日のひかり
牧童ら落葉なだれに乗りあそぶ
古き馬柵落葉なだれに傾ける
新芽立つ白樺の雨ひかるなり
山桜青き夜空をちりゐたる
炉火守の遠き雪崩に目覚めをり
遠ざかる雪崩や炉辺に目をとづる
日輪のあはれなづまぬ吹雪かな
雪崩るゝとスキーをとゞむ霧の中
朝焼の雲海尾根を溢れ落つ
雪渓の日にけにあれぬ山桜
春闌けし牧をいだけど雪の嶺
樹も氷る池は去年より凍てにける
おとろへし吹雪の天に岳は燃ゆ
窓の灯は樹氷を照らし橇をてらす
吹雪く夜の雷鳥小屋の灯に啼くか
石楠花の岩落つ水は淵をなす
山桜岨の道燈の灯るところ
鞦韆に子等はむつみ来山桜
裏富士の春いまだしも山桜
白馬の裾みの春田人を見ず
牧牛の真昼ちらばり山躑躅
仔の牛の躑躅がくれに垂乳追ふ
木がくれて濃霧の牛のあひ寄れる
若駒の濃霧を現るゝ膚あはれ
赤松の芽立ちの雨に駒は臥す
春あらし牧の木群れをわたりゆく
谷の日は蕗のまろ葉にせゝらぎに
とはの雪キヤムプに近く夕映ゆる
初蝉や河原はあつき湯を湛ふ
沼の霧明けゆく樹々に流れ入る
白馬の雪なほゆゝし春まつり
白馬の裾田の春を渡御ゆけり
白き雲ゆくみぢか夜の嶺くらし
羽抜鶏山桑畑に来て追はる
長梅雨の瀬のさだめなき岩魚釣
囲む火に岩魚を獲たる夜はたのし
岩魚焼く火のさかんなり瀞の闇
短夜の扉は雲海にひらかれぬ
登山綱干す我を雷鳥おそれざる
樹々涼し穂高岩群照りをるに
岩燕霧の温泉壺を搏ちて去る
峠路や夏蠶の家は瀬を前に
谿ふかく秋日のあたる家ひとつ
秋晴や笹生のひかり木がくれに
秋晴やましろの樺はまつたけれ
山里をゆきつゝ菊の香に触れぬ
宿の子と鶫焼く炉をかこみつゝ
霧こめてなほ笹原に日のひかり
霧すぎて笹原わたる風の音
浪高し今日磯鶸を見ざりけり
港の灯降誕祭の窓に見ゆ
きさらぎの雪とけがたし麦は生ふ
春の雪雑木林に入りて踏む
橇あそび雑木林の雪に来る
橇あそび家路の雪の凍りゆく
雪の富士雑木林の夜を見ゆ
温室のばら深雪のなかに花を了ふ
青潮のみちかゞやかに門の薔薇
雑魚掬ふ童もゆきて麦熟れぬ
桑の葉のひかりにむかひ氷呑む
苗売の荷のさみどりをかこみけり
破蓮のひかりさびしき門の内