和歌と俳句

石橋辰之助

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初雪のひかりに馬柵はまぎれつゝ

初雪の馬柵の戸開くる声きこゆ

刈草を干す日は牛を嶺に追ふ

藁干すや来そめし雪の明るさに

雪晴の馬柵の戸来れば犬待てり

牧の犬むつみ来るまゝ雪嶺へ

雪を来し犬とパン食むさびしさよ

ゆきなやむ雪の茨を犬はゆく

道を得しわれも牧犬も雪まみれ

枯萱に去りゆく犬を目守りつゝ

雪晴のヒュッテの朝餉皆はやく

雪晴の山毛欅の影美き薪とり

この谿の春の樹氷や窓ちかみ

炉火守りて焼岳凍る夜を寝ねず

藁床の香にこがらしに目覚めゐる

雪けむり立てど北斗はかゝはらず

雪けむり立つ夜の星座鋭く正し

雪晴の谿のふかきに学舎見ゆ

あしたより学舎の大炉ゆたかなる

谿雪崩うまれし径を来て学ぶ

学童のゆきゝす床の雪まみれ

鳴りわたる始業の鐘に炉火ゆたか

谿雪崩学びの窓のしづけさに

子等寄りて昼餉を炉火にあたゝむる

学童に雪あらたなる家路あり

子等散つて深雪の学舎たそがるゝ

笛吹の学舎のさくら見つゝすぐ

笛吹のながれをひきて田を植えぬ

岩群を夏日の下に恋ひ来たる

岩灼くるにほひに耐へて登山綱負ふ

炎天の雲のゆきたる岩照りぬ

からみゆく登山綱にわれに岩灼くる

岩灼くるその岩かげの雪あはれ

とはの雪灼けそゞぐ日にかげろはず

雪谿のひかりをへだつ霧かなし

岩濡らすはげしき霧をなほ攀づる

頂のしばしを霧に馴れ憩ふ

霧ふかき積石に触るゝさびしさよ

岩群を夕霧ふかくかへるなり

萱萌えし伊豆の峠の雪を踏む

谿ひろし初夏の雲ゆき影をひく

ゆく雲の遠きは萱にかくれつゝ

南風の径はるけくも萱を縫ふ

南風やゆく人まれに萱さわぐ

夕立の来むかふ樹々のひかりなく

夕立来し樹々のにほひのたゞよへる

樹々ふかく白樺澄めり夕立晴

樹もれ日のゆたかに澄めり夕立晴

雲うつすプールに風の原展く

山女釣来てはプールに泳ぎ出づ

石叩プールかすめて屋根石に

山の子ら霧のプールに声をあぐ

泳ぎ子に夏山の雪夕澄めり

原とほく日は梅雨雲を濡れ移る

郭公のひそみ啼きゐて風暑し

真日あびて行きゆく原に歯朶の青

笹原の暮れゆくひかり白樺に

白樺の径出て原の夕ふかし

朝焼に群立ちむかふ岩昏し

朝焼のさめつゝとほし雪とりに

息づけば灼けし風さへ岩吹かず

雷鳥や雨に倦む日をまれに啼く

苔にほふひと夜のねむり短かかりし

鯉の子に佇てば裸子出てきたる

鯉の子に日焼けし旅の面よせぬ

鯉の子を見つゝすごしぬ日のさかり