和歌と俳句

石橋辰之助

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空澄めり穂高は雪をとく待てり

岩群にひかりはなかり雪来たる

岩群もわれもあらたの雪をむかふ

花圃の犬つれて渚の南風に

犬つれて歩み疲れぬ青あらし

緑蔭をもとめて花圃の犬と来る

つゆけさの坂をゆきつゝ犬を呼ぶ

垣くゞり露にまみれて来し犬よ

しづかなる家並つゆけし犬とゆく

高浪のかさなりつゞき驟雨くる

潮けぶり礁あげて驟雨くる

潮けぶり驟雨わたりてかきけされ

さわやかに浪よ礁よ驟雨去る

潮澄みて跣足にあつき浜かへる

ラケットを持ち南風の坂をゆく

蝉時雨野川のひかり木がくれに

地下涼し発電機逸る音に馴れ

冬薔薇や海港の雪とけやすく

葭の風ゆふべつのりて鮠とばす

ばらぬすと幼なけれどもこゑかくる

ばらぬすと声かけられてほゝゑみぬ

盗りしばらしたと手にせり哀れなる

とほき日のわれも誘はればら盗りし

わが歩みばらを得し子にはなれつゝ

ばらぬすと木もれ日つよき方に去る

ばらぬすと去りぬゆふ空うつくしき

菊をきるこゝろとなりて目ざめゐる

菊に佇ちおそき目ざめの身を悔ひぬ

菊さして母は朝餉をおくらせぬ

よき朝餉菊さしをへし母ととる

山焼にゆきたる父を待つ子あり

父もゐて焼くなる山火指す子あり

さかんなる山火に弟を呼ぶ子あり

窓とほく更けし山火にちさくねる

窓の青きはまり岩は並み凍てぬ

堅氷の岩に身をかけ頬あつき

堅氷をくだきゆく音に身は澄めり

吹く風の雪まぢへつゝ岩に鳴り

吹雪来し岩に眼つむりうれひなし

凍てし頬を岩に触れしめ息づきぬ

吹雪来て眼路なる岩のかきけさる

凍る身のおとろへ支ふ眼をみはる

吹雪けども岩攀づのみにたかぶれる

穂高なる吹雪に死ねよとぞ攀ぢぬ

蛇苺高原の日に傷みたる

蛇苺ふくみ馴れたる径たのし

緑蔭を詩なくあゆめり悔いもなく

緑蔭の葉漏れ日を掌にすくひみる

緑蔭に昆虫のあゆみ瞶むるを

緑蔭にすぎつゝ詩なく肌の冷ゆ

肌冷えの緑蔭を駆け野にし出づ