和歌と俳句

万葉集

巻第三

<< 戻る | 次へ >>

   山部宿禰赤人望不尽山歌一首并短歌

   山部宿禰赤人、富士の山を望る歌一首并せて短歌

天地之 分時従 神左備手 高貴寸  駿河有 布士能高嶺乎 天原 振放見者  渡日之 陰毛隠比 照月乃 光毛不見  白雲母 伊去波伐加利 時自久曾 雪者落家留  語告 言継将往 不尽能高嶺者

天地の 分かれし時ゆ 神さびて 高く貴き  駿河なる 富士の高嶺を 天の原 振り放け見れば  渡る日の 影も隠らひ 照る月の 光も見えず  白雲も い行きはばかり 時じくぞ 雪は降りける  語り継ぎ 言ひ継ぎ行かむ 富士の高嶺は

   反歌 
田児之浦従打出而見者真白衣不尽能高嶺尓雪波零家留

田子の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける

   詠不尽山歌一首并短歌

   富士山を詠む歌一首并せて短歌

奈麻余美乃 甲斐之国 打縁流 駿河国与  己知其智乃 国之三中従 出立有 不尽能高嶺者  天雲毛 伊去波伐加利 飛鳥母 翔毛不上  燈火乎 雪以滅 落雪乎 火用消通都  言不得 名不知 霊母 座神香聞  石花海跡 名付而有毛 彼山之 堤有海曾  不尽河跡 人乃渡毛 其山之 水乃当焉  日本之 山跡国乃 鎮十万 座祇可聞  寶十万 成有山可聞 駿河有 不尽能高峯者  雖見不飽香聞

なまよみの 甲斐の国 うち寄する 駿河の国と  こちごちの 国のみ中ゆ 出で立てる 富士の高嶺は  天雲も い行きはばかり 飛ぶ鳥も 飛びも上らず  燃ゆる火を 雪もち消ち 降る雪を 火もち消ちつつ  言ひ得ず 名付けもしらず くすしくも います神かも  せの海と 名付けてあるも その山の 堤める海ぞ  富士川と 人の渡るも その山の 水のたぎちぞ  日本の 大和の国の 鎮めとも います神かも  宝とも なれる山かも 駿河なる 富士の高嶺は  見れど飽かぬかも

   反歌

不尽嶺尓零置雪者六月十五日消者其夜布里家利

富士の嶺に降り置く雪は六月の十五日に消ぬればその夜降りけり

布士能嶺乎高見恐見天雲毛伊去羽斤田菜引物緒
    右一首 高橋連虫麻呂之歌中出焉 以類載此

富士の嶺を高み恐み天雲もい行きはばかりたなびくものを
    右の一首は、高橋連虫麻呂が歌の中に出づ。類をもちてここに載す。