きりぎりす夜寒に秋のなるままによわるか聲の遠ざかり行く
松にはふまさの葉かづら散りにけり外山の秋は風すさむらん
霜さゆる庭の木の葉を踏み分けて月は見るやと訪ふ人もがな
山川にひとりはなれて住む鴛の心知らるる波の上かな
大原は比良の高嶺の近ければ雪降る程をおもひこそやれ
枯野うづむ雪に心をしかすれば安達の原にきぎす鳴くなり
數ならぬ心の咎になしはてじ知らせてこそは身をもうらみめ
もらさでや心のうちをくたさまし袖にせかるる涙なりせば
あやめつつ人知るとてもいかがせむしのびはつべき涙ならねば
新古今集・恋
頼めぬに君来とや待つ宵のまのふけゆかでただ明けなましかば
世を憂しと思ひけるにぞなりぬべき吉野の奥へ深く入りなば
かかる身におほし立てけんたらちねの親さへつらき恋もするかな
新古今集・恋
人は来で風のけしきはふけぬるにあはれに雁のおとづれてゆく
物思へどかからぬ人もあるものをあはれなりける身のちぎりかな
嘆けとて月やは物を思はするかこちがほなる我が涙かな
知らざりき雲居のよそに見し月の影を袂に宿すべしとは
狩暮れし天の川原ときくからに昔の波の袖にかかれる
津の国の難波の春は夢なれや蘆の枯葉に風わたるなり
繁き野をいくひとむらにわけなしてさらに昔をしのびかへさむ
しをりせで猶山深く分け入らむ憂きこと聞かぬ所ありやと