和歌と俳句

京極杞陽

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葉牡丹の混乱の線おもしろし

壁の色すこしさびしく福寿草

靴を穿く今が一番寒い時

雪晴れて電柱すでに乾きをり

咳込めば帽子の庇はずみつつ

雪山の聞きたる儘に現れし

睫毛伏せ鄙のをとめの雪に佇つ

蛭の如流るる水に霜の板

刀痕の如く雪無き火山かな

温泉の色硝子ごし雪の山

宿近く雪に昏れゆく杉ありて

仰ぎみる雪も止まらぬ絶壁を

おしるこが出てとびまはる冬の蠅

都鳥飛び交ふ猫間障子かな

紅梅に大小の雪ふりかかる

鴨啼いて春の嵐のものあはれ

蟹一つ死んでをるなり芹の水

一片のしだれ梅より飛去りし

雛の間に非ず小人形一つ置き

雛の間の窓に柿の木ありしこと

春泥にわたせる板を掃いてをる

蒲公英の咲き針金の見え見えず

流れ合ふ卒業式の心かな

芽遅き櫟林に日挟まり

クローバの下りたる雨の雀かな

クローバに雀すこしく屯せる

春愁の東洋人でありにけり

ブランコに景色ひろきはものかなし

麦に伸び花菜に縮み汽車すすむ

余花少し櫟林のへりにけり

新緑にさだかならざる目鼻かな

金網に吹付けらるる雨の薔薇

薄墨の雨は降れども若葉かな

うすずみの如くに夜の短かさよ

公園の鼠睡蓮の池岸を

睡蓮を遮る鉄の鎖かな

睡蓮と遊ぶ子供とひらひらす

睡蓮の葉の巨きさの限りある

帰省してなつかしき雨蜘蛛の囲に

石肌を流るる如く二つ

鵜篝の麾けて映る巾ひろく

鵜の舟をまはす篝を外に垂れ

馬首をおろしてゐるや月見草

村よりも高きところの夏野かな

日蔽の汽船の人の降り尽す

日焼して光る紙片を手に持てる

汽車はやし静かにながれおつる滝

短きは膝の高さの月見草

蕊とれし百日草の花一つ

炎天の下りて上る墓地のみち

炎天のテニスコートの只ありぬ

向日葵にとりかこまれて豚飼へる

ゆるゆると流るる星を見たりけり

秋の夜を昼の如くに画きしゴホ

夕月を見に横浜へ汽船を見に

秋の灯のくらきソファーに人を待つ

秋の灯の暗く廊下のまだ暗く

燈籠に灯を入れに庭登りゆく

電線の無き電柱と鰯雲

秋風の過ぎ煤煙の来るかな

父の命母の命や震災忌

苔寺や吹立つ風に秋の雨

苔寺の戸樋に日当り秋の雨

苔寺にふり溜りゐる秋の雨

柿の葉の藁屋根よりぞ吹落つる

檜より傘に吹きくる秋の雨

揃ひ居る光と影の栗林

日に煙る藁塚よりも人の濃く

枝中に幹澄む銀杏黄葉かな

貧しげな小学校や秋の暮

大仏のうしろに暗き冬紅葉

ポプラ立つ土手を一列鷹匠ら

監獄の塀の外なる氷かな

しづかなる落葉に耳をうたれけり

毛布あり放すことなき句集あり

人一人無き通り見て毛糸編む

食堂の隅にすわりて毛糸編む

編棒三本挿せる毛糸玉を

冬木立ながらに松の御苑かな

潦に映らず立てる冬木かな