和歌と俳句

京極杞陽

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一本の欅のこれる雪の丘

雪空に霰ふるなる但馬かな

金襴の袖のさがれる深雪宿

雪深き円山川のほとりなる

父方のふかき縁の雪国に

雪の色淋しき庭でありにけり

うすよごれゐる子どもらと炬燵かな

熊笹ののぞきし雪の急斜面

若き画家雪の但馬の景をほめ

おとづれて来て雪卸ししてくれぬ

雪の夜の父のふとんに入る子ども

霰きく坐せる盲の友一人

一人入り林檎ばたけの雪に跡

つららとけつつ水ぐるまとまる家

春川の源へ行きたかりけり

都鳥群れ何ごとも無きごとく

春水にのこれる橋のかかりをり

江東の凧の巷に育ちける

あたま撫でられつつ凧をあげてゐし

春山の遙かな杉と雑木かな

桃らしき花昏れかかる袋路に

花房のこぼれてをるも八重桜

二株の同じ如くに散る桜

山国の暮春の家の土間暗し

かげりゐし春の夕日のまた射して

ふるさとの友四五人と春惜しむ

みちすがら農学校の苗床に

行く春の白く峙つ比丘尼巌

いつまでも藤見し玉津島のこと

間引かれし林檎の花と知りにけり

山の位置変りて梨の花畑

春眠のさめ暗幕に手をかくる

春逝くとおもひさだめて窓とざす

葉柳の光の鎖吹き上る

横山の麓の藤の見ゆる縁

山羊がゐて牛ゐて燕昼の月

傾ける地の雲の峯麦畑

夏木より牛つながれし綱張りて

夏木の根一トまはりして牛の綱

ながめゐし夏木の下に墓の見え

いろいろのことの中なる蛇のこと

士族町池にあやめにさびれをり

畳とも蚊帳ともつかぬ匂かな

蚊帳を出て次の間に出てあかるさよ

の間に置ける火の無き莨盆

蛍見に行かばやとおもふ薄月夜

石に居て水に映れるかな

袖垣もまだ新しき夏館

先生の月の句遺る青田道

宮涼し話によりてなつかしく

先生を負ひ紫陽花の墓に伏す

かさねての写真簾の下に撮る

むしあつき庭を写真屋出て行きし

くちなしの匂ふこの家に今暫し

もの湿り黄なる蝶とぶ心地する

あせもの子右に左に坐らせて

ふとアイスクリームといふことばいで

われ病みて国敗れたる震災忌

ふるさとのむかしながらの秋の雨

椅子一つ縁側に置き秋の雨

あはれにもあからさまにも菱をとる

町裏の川のおもてに菱をとる

いつまでも菱取る舟の傾ける

傾ける菱取舟を見下せる

芭蕉破れかかり玻璃戸にすきとほり

霧深き町の油屋渡世かな

桔梗の露うしなひし青さかな

藁束に笠をのせたる案山子かな

輪ばかりの笠をかぶりし案山子かな

横ざまに殆ど倒れ案山子かな

コスモスの上に浮べる丘の線

朝霧の濃きにはじまるたのしさや

山茶花といへば思ひ出ださるるかとも

冬日和続く不思議さ嬉しさよ

山茶花に待ちたることも済んでゆく

明日よりは遠き但馬と冬の空

待ち居つつ庭の紅葉に惹かれつつ

銀屏風紅葉の風に立揺らぎ

燈下親し壁唐紙の赤き間に

洋風の菊の客ともここになり

日脚そこを過ぎたる菊の畑かな

卓上の菊灯を浴びて昏れてゆく

しぐれつつ吾を待つものに帰るべく

人として淋しき人の日向ぼこ

くろぐろと田毎の土を耕せる

枯原へ押出してをる山崩れ

栗むいていづかに冬のともしびに

白樺のさきの浅間に雪来り

次の間にきのふの鴨の吊るしある

先生の今の愛孫手に蜜柑

城頭に冬日衰へゆくときに

北風に横向き立てるビルディング

ふるさとへ幾重の低き冬山ぞ

行きたしと冬山裾の川に出で

われからといふことばあり冬籠

妻とあり子とあり斯かる冬籠

牛肉を雪に買ひ行き妻は留守

縁側にどうと倒れて日向ぼこ

日向ぼこ笑を含みてさびしげに

雪山や駅には駅の煙立ち

ストーブも駅長室も昔めく

美しき人美しくマスクとる

新しきガーゼのマスク老婦人

こがらしの駅にむかひて町くだる

凩を入れず燈火をながさぬ戸

冬の蠅蠅の心を失ひて

またしても雪の小諸のゑがかるる