和歌と俳句

京極杞陽

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チロールのスキーの歌を夜にうたふ

スキー穿き杖もつ人ら揃へば美

山大にしてこころしづかなるスキーかな

美しく木の芽の如くつつましく

テームスのふなびとに寄せ窓の薔薇

芝刈るや緑のしぶき薔薇を消す

百日紅仏蘭西風と見れば見ゆ

絵の如き日本の国に居る良夜

挿し侘びしコスモスの宵松茸来

鶏頭のチカチカチカと紅色に

無花果に彳ちセザンヌを見し記憶

無花果とコスモスと石とトタン塀

電燈の青き炬燵の部屋に入る

よきことの一つ日脚の伸びしこと

青天に音を消したる雪崩かな

鶯にサイレンの音ひろがり来

春の風街のカーブを吹いてくる

もとめんと思ふ値段の雛に来る

正面の椿の花が銀閣寺

クローバに手早く上衣ぬぎ揃ふ

いちめんの旋る花菜の汽車の窓

花篝紅の火屑をこぼしぬる

都踊はヨーイヤサほほゑまし

石鹸玉大きく飛んできたりけり

風車とまりかすかに逆まはり

桜草が好きと答へし人が好き

その日々の南隣の柿若葉

五月雨と我儘ぐらし芸術家

枇杷の核ころがり落ちて肌を撃つ

花柘榴燃ゆるラスコリニコフの瞳

蓼咲くと五本の指をはじいてみせ

ぷつつりと天道虫のとりつける

思ひ切り身体倒して水を打つ

汗の人ギューッと眼つぶりけり

炎天に鼻を歪めて来りけり

向日葵をつよく彩る色は黒

香水や時折キツとなる婦人

麗しや天の河といひ木星といひ

天の川鹿子絞となりにけり

秋光るこの郊外を知りたる日

浮きをどる名古屋城かや秋天に

秋の灯の橋をわたれば東京市

鮮かに羊歯耀ける花野かな

湖がうかび上つてくる花野

蟷螂は斧ふりかぶり活人画

鶏頭を撲ち撲つ雨の白き鞭

木造りの教会堂や秋桜

夜寒うれしこの頃われとホ句うれし

藁塚に燃え搦りし夕日かな

藁塚のゆふべ雀消え烏が来

大いなる紅葉の真紅揺らぎをる

紅葉黄葉油ッ紙のやうな色

大銀杏黄もみぢ炸裂弾状に

吉凶に愕きやすく木葉髪

ワツワツと自動車に乗り七五三

花八手地震のやうなものを感ず

大仏の肩に冬日も風もながれ

犬がものを言つて来さうな日向ぼこ

可愛さう頬ざらざらで冷たさう

金髪にして桃色の毛絲編む

毛絲編む手から想ひが飛んで来る

犬首を寝せ身体寝せ枯芝に

我に日浅く師は老いたまふ年もゆく

ワンタンとありおでんとありセルロイド提灯