和歌と俳句

山口波津女

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春の夜をかな文字ばかり習ひけり

激つ瀬の音おそろしや葛の道

この庭のながめもあきぬ日向ぼこ

夕暮の凧に少年糸捲けり

げんげ田に大きな影や風車

廻廊を下りてあゆむや花曇

峡の店日覆を張つて商へり

親鹿のあゆめる方へ鹿の子かな

雨少し降りたる軒の蛍籠

手毬つく髪ふさふさと動きけり

新参のみめかはゆしと思ひけり

八方の枝に花咲く椿かな

木の上の童が呉れい椿かな

手に持てる蛍の籠の灯りけり

風船を居間に放ちて冬籠

洗ひ髪垂れて苗床見に来る

押入れに棚をふやして冬籠

親とゐてはらから多き子猫かな

眼つむりて親のしばなる子猫かな

蚕飼して店もあきなひありにけり

金魚玉見てゐて思ひ遠きかな

夜半の船月の港をおどろかす

野分の戸一枚あけてはひりけり

さげ髪をして床にあり風邪の妻

風邪の妻うすきけはひをして居りぬ

の間の天井にゐる鼠かな

雛祭すみたるのならびます

かの部屋になほ雛段のあるごとし

手にのせての髪を撫でにけり

沢山の髪もてあまし洗じけり

ははそはのすくなき髪を洗ひます

漕ぎ出でし浜には着かず遊び船

水中花日暮れてくらくなりにけり

走馬燈灯入れて夫と二人きり

消ゆるときむらさき色の走馬燈

折れて浮く菖蒲の葉あり水中花

かまつかにあきあきしたる花畠

風邪の妻男枕をしてをりぬ

夜となりて風邪の床とも見えぬなり

手鏡を床にかくして風邪の妻

夜の臥床風邪の臥床と並びけり

初刷のはやとぢてあるホテルかな

初夢に枕のひくきホテルかな

初鏡ホテルの部屋のうつりけり

内裏雛おくれて段につき給ふ

草履の緒すこしかたくて花衣

人妻の姉と連れ立つ花衣

花衣足袋をよごしてかへりけり

しまひ畳の上に置かれあり

冷蔵庫厨は瓦斯の火を焚けり

ぬれし手のとびらをあくる冷蔵庫

扉をあけて青赤のもの冷蔵庫

この船のながき船路の籐寝椅子

百姓の衣黒かりし土用干