芥川龍之介
白梅や夕雨寒き士族町
寂として南殿さびしき春の雨
海遠く霞を餐せ小島人
徐福去つて幾世ぞひるを霞む海
饅頭の名も城見とぞ春の風
御仏に奉らむ紫藤花六尺
かたまりて木花黄にさくや雪解水
したたらす脂も松とぞ春の山
欝として黒松に春の朝日せる
雲か山か日にかすみけり琵琶の滝
白梅や青蓮院の屋根くもり
裏山の竹伐る音や春寒し
春寒や竹の中なる銀閣寺
花曇り捨てて悔なき古恋や
魚の眼を箸でつつくや冴返る
庖丁の余寒ぐもりや韮を切る
口ひげも春寒むびとのうすさかな
新道は石ころばかり春寒き
行けや春とうと入れたる足拍子
暮るるらむ春はさびしき法師にも
われとわが睫毛見てあり暮るる春
山椒魚動かで水の春寒き
冴返る魚頭捨てたり流し元
牛に積む御料檜や梅の花
夕垢離や濡れ石に藤の花垂るる
病間や花に遅れて蜆汁
山藤や硫黄商ふ山の小屋
春雨の雨脚見えず海の上
冴返る燕の喉赤かりし
大寺は今日陽炎に棟上げぬ
初花の疎らに昼の曇りかな
糸桜かすかに昼の曇りかな
夕闇や枝垂桜のかなたより
花とぶや加茂の小路の夕日影
負うた子のあたま垂るるや初蛙
春雨や枯笹ぬるる庭の隈
政苛き国にも梅さくや
花あかり人のみ暮るる山路かな
太白の糸一すぢや春の風
宿に咲く藤や諸国の人通り
ひきとむる素袍の袖や夜半の春
燈台の油ぬるむや夜半の春