和歌と俳句

芥川龍之介

菩薩名は心王と申す春の風

風光る杉山かひに村ひとつ

ちりたまる花に起るや夕つむじ

咲くや日もうらうらと奈良の町

抜き残す赤蕪いくつ余寒

石わたる鶴危さや春の水

三月や大竹原の風曇り

川上や煙り居る草の村

曇天の水動かずよの中

古草にうす日たゆたふ土筆かな

吹かるるや塚の上なるつぼ菫

咲くや日影煙れる草の中

桃咲くや泥亀今日も眠りけり

春の夜や小暗き風呂に沈み居る

昼見ゆる星うらうらと霞かな

花散るや寒暖計は静なる

白酒や障子さしたる風曇り

沈む日や畑打ちやめば海の音

春寒やのび損ねたる日陰独活

蜂一つ土塊噛むや春の風

春寒き小包解けば和布かな

軒先に和布干したる春日かな

桃煙る中や筧の水洩るる

春雨や作り木細る庭つづき

ゆららかや杉菜の中に日は落つれ

春に入る柳行李の青みかな

海原や江戸の空なる花曇り

花ちるやまぼしさうなる菊池寛

白桃や莟うるめる枝の反り

草の家の柱半ばに春日かな

草萌ゆる土手の枯草日かげかな

昼曇る水動かずよ芹の中

春雨に濡れ細りたる挿木かな

花散るや牛の額の土ぼこり

かげろうふや猫にのまるる水たまり

鱧の皮水切りたらぬ余寒かな

竹の秋祠も見えぬ鳥居かな

春雨や竹の根土にあらはるる

春雨に落つるは椎の古葉かな

竹の根の土うち越せる余寒かな

冴え返る梨の莟や雨もよひ

花降るや牛の額の土ぼこり