和歌と俳句

芥川龍之介

春の日や水に垂れたる竹の枝

篠を刈る余寒の山の深さかな

膀胱の病にこもるうららかな

春風の篠に消えたる麓かな

温泉の壺底なめらかに日永かな

おもひやる余寒はとほし夜半の山

菜の花は雨によごれぬ育ちかな

三月や茜さしたる萱の山

茶畑に入日しづもる在所かな

藤の花軒ばの苔の老いにけり

春雨の中や雪おく甲斐の山

わが宿は餡ころ餅にちる花ぞ

道ばたの穂麦も赤み行春

かげろふや影ばかりなる仏たち

さきのこる軒ばの花や茶のけむり

黒ぐろと八つ手も実のり行春や

風光る穂麦の果や煤ぐもり

春雨の中やいづこの山の雪

塩釜のけぶりをおもへ春のうみ

梨棚の莟青める余寒かな

からたちの打ちすかしけり春の雪

庭芝も茜さしたる彼岸かな

山岨に滴る水も霞みけり

鶯や茜さしたる雑木山

山吹やしどろと伸びし芝の上

花ちるや踏み枯らしたる芝の上

矛杉や霜に焦げつつ春の雨

藤の花雫とめたるたまゆらや

竹の秋茜の産衣ぬひけらし

ちらほらと田舎の花や茶のけむり

鉢前の著莪もしどろや別れ霜

山吹や雨に伏したる芝の上

春雨や檜は霜に焦げながら

春雨や霜に焦げたる門の杉

初午の祠ともりぬ雨の中

霜焦げに焦げたる杉を春の雨

更けまさる火かげやこよひ雛の顔

薄曇る水動かずよの中

山がひの杉冴え返る谺かな

冴え返る枝もふるへて猿すべり

冴返る隣の屋根や夜半の雨

冴え返る身にしみじみとほつき貝

町なかの銀杏は乳も霞けり

雪どけのなかにしだるる柳かな

午もはやするめ焼かせよ藤の花

盆梅の枝にかかるや梅のひげ