和歌と俳句

西東三鬼

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寝がへれば骨の音する夜寒かな

秋風や五厘の笛を吹く子供

風邪の子の熱く小さき手足はも

風邪の子を見つむるなべに疲れゆく

風邪の子に寒雨はつのるあまつさへ

いのちありて蜜柑の露をよろこべる

クリスマスかの凍て星に遠き世を

クリスマス神父の黒衣裾長に

球を獲てラガーたぎちを溯るかに

防空燈雪雲とらへあそびをり

異人墓地木梢の海も雪ぐもる

異人墓地花束にうもれたる

異人墓地十字架をよそほへる

異人墓地雪の糸杉かがよへる

異人墓地雪むらさきに夕づける

昼閑か洋書部春の灯をともし

春昼の洋書部守りかの売子

洋書部の窓ゆく春の雲しづか

裸馬ぼくぼく畑は日闌けて葱坊主

裸馬ぼくぼく遠に櫟の芽がひかり

裸馬ぼくぼく捨てた煙草は草の芽に

眼に愉む裸婦の図春の灯を吸へる

裸婦の図の褐髪春の灯みだれ

裸婦の図の美き丘と谷春の灯に

もり上りせまる裸婦の図春の灯に

夜の春を裸婦の図のふと息吹きけむ

鞦韆の美き脚漕げりひたすらに

鞦韆に埼の巨船消えしてふ

鞦韆ゆ紅の靴降り吾がまへに

鞦韆の振子とまれり手をあたふ

夜の春をめぐる木馬は傷みたり

徒らにおほきく妻の石鹸玉

街路樹のまづしき土に萌ゆるもの

街路樹は春のよぎりのうすぎぬを

木々の芽のにほへる朝を囀れる

畦塗のことばすくなくめをとかな

畦塗に風音とほく夕づけり

ひそかなるあしたの雨に囀れる

黄砂降るあかがねの月鉄骨に

黄砂降るあかがねの月に仔つよなげ