和歌と俳句

篠原梵

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吾子と菊壁を病院のものたらしめず

寒き燈にみどり児の眼は埴輪の眼

毛布なる吾子にふたりの顔を索む

冬日あたるうぶ毛の中のひよめき正し

鳴き了る蝉のごと吾子寝入りつつ

湯たんぽより吾子著しく堆くねむる

吾子の部屋氷雨のバスのわが中に

足袋はくや吾子の足はいくつ入るらむ

襁褓替ふひまの胸なる愛なしき鳥肌

冬日蹴るくびれのふかき動き足

掌のなかに吾子の手雀の手のごとし

枕屏風のひなげしの花と吾子遊ぶ

春隣吾子の微笑の日日あたらし

みどり児に見せつつ薔薇の垣を過ぐ

襁褓あはれ揺れて葉洩れ日を閃かす

汗ばみし手のひらの音畳這ふ

種ゑ疱瘡つきし一顆も天瓜粉まみれ

蚊帳ひろし胸の上に吾子立たせ遊ぶ

腕の中にのけぞり吾子の風鈴もとむ

幌蚊帳の花の中吾子の寐顔うかぶ

生えそろひ来し髪汗ばみねむりをり

いねゐつつをさなき指汗の髪掻く

吾子昼寐足が小さき叉をつくり

吾子昼寐足先内にむかひ合ひ

吾子昼寐なかば握りし指敏く

吾子昼寐服の花々皺みやすらふ

昼寐より頬冴えざえと紅く覚めぬ

吾子立てり夕顔ひらくときのごと揺れ

宵寒の背中を吾子のつたひあるく

秋の雨もどれば吾子の泣くを籠めをり

顔つかむつめたき手なり口にくはふ

日向たのし吾子の稚き十あまりの語彙

小春日に吾子の睫毛の影頬に

小春の日吾子にこもらひ頬にのぼりぬ

咳の痰切れては吾子のあはれまた嚥む

起居風吾子に立てをる湯気を揺る

風邪の吾子襖閉すにも覚めみじろぐ

いはけなく風邪の水薬よろこび飲む

小さき身に父われほどのくさめ蔵す

霜焼に角ばみ小さき片の耳

朝餉待つ胡坐に吾子とぬくみ育てつ

わが仏厚着の吾子のよよと歩く

オーバーに出際に抱きし吾子の毳

寐ほてりの吾子の頬なる微塵皹

着物焙る間を父われの臥処にあり

枯れし土地にはじめて吾子を立たしぬ

日向ひろき地にはじめて吾子立ち懼る