和歌と俳句

太田鴻村

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亡き兄が桑切ると思ふ夜の音

湯にひたる顔の寒さも十月ぞ

蜥蜴ぢりぢり炎ゆる地べたに動きをる

群鶏なだれ飛ぶ病葉のひるがへり

馬の瞳に蒼空映る冬木風

鳶鳴いてとろりと暮れぬお元日

花の枝枝くろみ渡りぬ雨の中

葉桜のかげり水波もつるるか

蝶黒黒舞ひ込む木陰けうとしや

夜も更けし灯にもやもやと透き蚕かな

燈籠をともして供華のこぼれかな

裸の子花を摘みとり我を見し

月落ちて丘の線くらし秋の風

雪のよに盛りあがり菊の匂ひなし

冬籠雲見てあればともりけり

降り積る雪にさめゆく火事の空

寒の月ちさき母の影に添ふ

日寒むざむ飯はみこぼすかたゐかな

山吹のましろきしんよぽんとぬく

石溜り咲くむらさきの濃し

山菫匂ひもなけれ捨て去んぬ

梅雨の濡葉の胸にうつろふ門辺なり

空の電線ぢりぢりと光り這ふ毛虫

でで虫が木のこぶ穴にねむりゐし

葉の深さ頭にふれし桃をとる

桑原の底明りする三日の月

蛤を掴んで沖つ波を見し

土食みつつ出で来し蟻が物言はめ

夕空のうつろひ枯れし街並木

水仙の花嗅ぎをれば日のめぐる

窓越しの冬木の月が頭を晒す

浅き春木が遠く日を限りたり

庭の曇り圧しつまらせつ交む猫

張り壁に風のうまるる寒さかな

通草の花のほろほろ咲ける枯枝かな

水蘆の一本ゆれつ行々子啼く

夜のこぼれ葉つと払ひつ古本売

提灯行列鈴懸の青い葉も知らず

ごろ寝して襟かびの匂ひ親しき夜

鉈豆の芽が抱かれゐる黒い土

飴なめて旅安らかや甘茶咲く

山霧の深しと思へば眠りたり

川船の月くらければ水匂ふ

青ギスが草噛み切つて血をたらす

雲の峰眦あつき病臥かな

秋深し瓦斯の燈を吹く夜の音

蚕休みのははの眠りの衰へし

車下して夜となる月の籠の桑

水音や船にゐて秋風の唄をきく

草夕べ往来に離りゐて寒し

お墓の栗むきゐしは風の昔かな

酉の市六日の月も枯るるかな

行秋や茅萱の茎の紅深き

桑祭る燈にふれゆくや飯の息