和歌と俳句

太田鴻村

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降らぬ間の雪枝を交はしあえかなる

春浅き芝にこぼれて鶫かな

声消えぬ空の雲雀は寒きかな

しろじろとくだけて寒き仏かな

ぬかるみの雪音に急かれつつ暮れし

ぬかるみに来て恋猫に見入らるる

春の夜の影におどろく紅雀

垣添ひに跫音のこる昼さくら

山吹のうへ明るしとははの声

竹山や五月となりし鶸の声

熊笹を女体へ下るあたたかき

翼伸べて雲雀は泳ぐ麦の空

つくばね草蛍出る頃の夕むなし

くらきより声とがる浴衣あらはれし

圧されごころむなしく浴衣地を撰りつ

坊主雲夕日かぶつて哀れなり

茶人つめたき容になれて桔梗澄む

濤音をはるかに水鶏きかばやな

山々は常世づくりて夏かすみ

松籟や遠きまひるの道の

青簾二階ひそかな髪つくり

日覆まけ雲は軒端を流れゆく

残鶯や朝餉おくりの舟見出づ

朝焼が胸につめたし夾竹桃

庭歩き夕炎ほのと蚊に立ちて

夕疲れ泥鰌の鉢の据ゑられて

匂ひ白き昼の燈籠吊られけり

秋涼し椋鳥の寄せ声ひびきけり

こほろぎに夜明けの布団かぶりけり

羽抜鶏地にくくられて鳴くばかり

韮の花歩き止まりて無心なり

柚子の香や秋の真昼の路に出づ

風の声寒き銀河となりにけり

夕釣やほのかに月の出ををがむ

曼殊沙華夕せせらぎに紅流せ

柿もぎつ風にそむけば町が見ゆ

朝の鵙かちりと藪の竹鳴らせ

秋深き小鳥を飼ひて住みつきぬ

障子張りにはか落葉に捲かれたり

菊を見歩りく人の動きの愚かなる

稲架作り西日に鳶の舞ひ下りし

菊に煙草吹いては雨の日楽し

どてら着て籠れば日の目うとくなる

年の暮石臼をひく老母かな

正月日和母にうぶ毛を剃られけり

寒鯉にぴしりと臑を打たれけり

寒の夜のひとりは衢行きそれず

粟撒いてのぢこ寄せ居るあたたかき

小鳥提げし宵満月の道急ぐ

節分の弘法めぐり松吹いて

刈田明り受けてしづかな風車

空風の道ゆkは野良人ばかり

七種囃す父の地声のしづかな夜

こころなみ風邪の外出昼がすみ

禽黐や脚突っ張りし蚊のむくろ

水溜りに黐をしかけつ夜雨きく

せせらぎや目高の影のうごきづめ

三日月や春篁の夕なびき

汽車の音こころしづかなかな

ひさびさの旅路草家の干布団

野天風呂楢の枯葉の月夜なり

海近き桜の蕾つばらかに

波寄せて山の木の芽は燃えにけり

蜂の声山のみどりが部屋にさす

麦の穂明りはるかに雲のしたびかな

巌の上に松葉こぼるる昼餉かな

花藤に路上の風の移りけり

本売りにゆく白日のつばくらめ

虹消ゆと女いへりし芽桑原

夜涼しき家並に添へば舞妓来つ

かなかなや膳に向へば暮れてゐし

わたりどり暑き眠りをむさぼりし

夕風に紫苑の供華の持たれけり

青竹の露に流れて日なたかな

すすきの空あをあをと人ゆきし

鳥寄する裸ざくらの苔からび

竹山や目白が啼いて寒うなる

月の霜鳥の一声大きかり

冬のゆふぐれ萱の穂並のあらはるる

畑売つて父の背まろき日向なり