和歌と俳句

太田鴻村

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節分の豆食む我れも世に古りぬ

しらみけり香たく夜の辛夷の芽

人の世の寒さを啼くやおつとせい

芽ぶく夜の道の広きに傘さしぬ

芽木の影やはらかし雀とんでゐる

さくらふくらむかすみこのごろ戸口まで

椿山けうとかりける鳥の貌

山神や椿の冷えにまつられて

岩かげろふ暑し菫のむらさきに

お蚕休み鮨食む暮れの雨しろき

枇杷の雨やはらかしうぶ毛ぬらしふる

かなかなや霧に蝕まれし町庇

蛾の口のけうとくのびて花移り

鳳仙花いまをはぜよとかがみよる

ひぐらしに山のほとけのさびたまふ

蛾に吸はれゐる蔓花のこそばゆし

波音の灯をくらくする山蛾かな

蛾の息のたえだえに眉ふるふかな

灯のもとにかたく死にをる山蛾かな

鯛釣りしこころ銀河に逸るなり

岩めぐる汐にしろき身をしづむ

蛾をとりし雀の貌のとがりけり

魂おくる火に茎立てて鶏頭かな

宵明月桑籠負ひし母にあふ

ゴムの葉のたらたら光る秋日かな

穴深くおろさるる柩にも落葉

草枯れて色失へる雀かな

牡丹餅の粉がにほふ暮れの雪虫

をみな若きは足袋の白きを匂はしめ

裏白のともすればすこし枯れてけり

梅さげてゆくにマントのすこし古り

福ささの枯れて甲子さまとなん

山の上に雲のさわげる五月かな

カメレオンむづと若葉に染まりをる

マルメロのあをあを風にしづまれる

庭石の乾けば松葉牡丹咲き

夕顔の風に白かり足たらす

かなかなや螺鈿の廊を踏みながら

虫籠の木かげに小さく明けてゐる

鶏頭に露けくならびをる石あり

えにしだは暮れて遐世の眠りかな

川波の消えゆく果は葭津かな

かなかな夕べ合歓の花にもきりが湧き

かがみつつ語れば草に露のぼる

したたれる水着に乳のくろみかな

御殿場といふにきりふる木槿かな

月前のメロンを截れば露のぼる

硝子戸のぺかりぺかりと秋の風

碧天の木の葉あびつつこころさぶ

秋風や橋燈うすくともりそめ

森風の湧くにやあらむ椎落つる

夕焼寒しかはほりはブリッヂへとぶ

秋深き木をゆりをるはすだまかな

碧落へ色うしなへる返り花

巌山の霜枯すすき空およぎ

炭燃えてひとなつかしき霜夜かな