ひぐらしや人びと帰る家もてり
泳ぎ寄る眼に舷の迅かりき
鋭きこゝろヨットを迅く迅く駆る
六月の懈怠ランチは河を駛る
雨ぬくし五臓疲れてゐる目醒め
雨ぬくく顔を洗へば風やさし
雨ぬくし神をもたざるわが怠惰
雁ないて看護婦石となりにけり
影法師動くことなし雁渡る
雁なけり医師の眼鏡が壁にある
雁なけり母の瞳を目にとらふ
雁ないて額に月の来てゐたり
楽器店菊咲き楽器ひやゝかに
楽やみてまなこ開けば菊すめり
菊すめり楽器売りたるレヂスタア
珈琲の香にあふ舗道秋の雨
蹤いてくる跫音それぬ秋の雨
霜つよき蘆のみだれに江はすめり
けふたちし稲架の青くて夕冷えぬ
蝌蚪生るるひかりたふとく目をつむる
蜻蛉の翅音ひゞく菊日和
ひとり焼く秋刀魚はげしきけむりあぐ
おのれ焼きにがき秋刀魚ぞひとり啖ふ
貨車あまたちらばり凍てて歳去りぬ
雲あまた朝焼けつゝも小田こほる
芝枯れて運河は蒼し朝のお茶
さくら咲く朝のスリッパひややかに
朝のそら碧くさくらは濡れてゐる
春暁の雨よ口笛とほくより
しづかなる雨なりとみに芝青む
新芽立つ松に雨ふりひと日ふる
口笛が絶えず薔薇垣雨ふれり
窗高く五月の青き河を敷く
タイピストすきとほる手をもつ五月
五月よしリフトの迅さ身に感じ
汗の皮膚うごめくひかりあるくらさ
鋼断る青き炎ごとに裸形群れ
鉄を灼く火を凝視む瞳に火が棲める
火を凝視め巨き肩胛の汗を拭かず
汗の粒貨車を外光に押しいだす
牡丹やなほ門前の遅ざくら
冷房に盛夏の果実みな青く
青葡萄紅茶のみたる手の血色
透明な紅茶軽快なるノック
秋まぶし表情かたき少女の話
秋まぶし頑なに黒き瞳を俯せざる
たつき日々紙幣の花びら掌にあふれ
黄の紙幣よみ疲れ極月の灯を昼も
極月の人の温味のある紙幣
寡婦の指四五枚の紙幣を預金せり