和歌と俳句

汗の香に衣ふるはん行者堂 芭蕉

赤彦
汗垂りてのぼりてゆきぬ五月雨の雲暗く行く上富坂町

赤彦いそがしく下駄のよごれを拭ひつつ背中の汗を冷たく思ふ

牧水
あはれ身は うしほ腐れる 海ぞこに むぐれる魚か 汗湧きやまず

牧水
しとしとに 汗は湧けども うちつけに 暑しともなく 萎え居るなり

清水のめば汗軽らかになりにけり 虚子

汗をたたむ額の皺の深きかな 虚子

姉は生え際の汗のまゝにて 碧梧桐

汗の妻化粧くづれも親しけれ 草城

たわやめや笑みかたまけし鼻に汗 草城

汗冷えて国原の見のはろけしや 草城

汗の玉ふつふつ結びやまぬかも 草城

若者の汗旺んなる力業 草城

俥挽うなじの汗を見られつつ 草城

汗はしたたる鉄鉢をささげ 山頭火

芦の香の汗したまひし老母かな 耕衣

汗しつつ菓子食へり人をもてなすと 波郷

汗しつつ大いに笑ひ汗垂れたり 波郷

喜劇みし汗を拭きつつ言無かり 波郷

汗臭き鈍の男の群に伍す しづの女

額に汗しいよいよ驕る我がこころ しづの女

汗の皮膚うごめくひかりあるくらさ 桃史

火を凝視め巨き肩胛の汗を拭かず 桃史

汗の粒貨車を外光に押しいだす 桃史

校服の少女汗くさく活発に 虚子

覚めてすぐ戦争を思ふ鼻の汗 楸邨

傷兵の隻手汗拭ふ黒眼鏡 楸邨

汗垂れて鳶を聞くなり松隠れ 波郷

汗たぎちながれ絶対安静に 茅舎

夜もすがら汗の十字架背に描き 茅舎

汗微塵身は冷静の憤 茅舎

玉の汗鳩尾をおちゆきにけり 茅舎

玉の汗簾なすなり背に腹に 茅舎

汗の子の額の汗をかきわけつ 汀女

汗拭きてあげる面を日の待てる 草田男

汗の父また母また子岩を越ゆ 草田男

生死軽重ニュース凝りつく汗の面 友二

静脈の黒さ汗の手吊革に 友二

畢に路傍の人見やりつゝ双手汗 友二

四五柱英霊に駈く汗噴きつ 友二

金借るべう汗しまわりし身の疲れ 友二

友ひそと来て坐りゐし汗ばみて 友二

汗と拭く柱鏡の脂顔 友二

にじみたる汗につつまれ総身あり 

手首なる汗の中より光りにじむ汗 

汗の香の愛しく吾子に笑み寄らる 鷹女

汗の香のいまだ稚き香を嗅げり 鷹女

芦の香の汗したまひし老母かな 耕衣

かたはらに土屋文明の鬚の汗 楸邨

汗拭くや茂吉の大人にはげまされ 楸邨

汗の中一針ごとの願ひかな 知世子

合掌のぬくさつめたさ汗のまま 草田男

汗拭いて何に怒らん腹減りぬ 楸邨

汗の目のくぼみて子等も飢ゑんとす 楸邨

鉄斎へ汗念力の膝がしら 楸邨

仰臥して満面の汗無為の汗 草城

半世紀生き堪へにけり汗を拭く 草城

神父の汗どつと惜しげもなし場末 静塔

妻の汗見てわが汗を拭ひけり 草城

噴き出づる汗もて汗の身を潔め 多佳子

ただようてあまた礎石と汗人と 爽雨

仏見て引きたるを又旅の汗 爽雨

汗ぬぐふ宇治は橋かげこそ激つ 爽雨