和歌と俳句

片山桃史

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たらちねの母よ千人針赤し

天地灼けぬ兵士乗船する靴おと

兵われは靴カツカツと甲板に

夏天より兵力輸送船の銅鑼

後備役特務兵児にお道化征く

戦車去りふり古き幾山河

兵つかれ夢を灯しつゝ歩む

凍天へ弾キュンキュンと喰ひ込めり

南京陥つ輜重黙々と雨に濡れ

北望すれば北方兵団の眼玉

夕寒く君が担架はガタンと地に

旗すゝむ敗残兵は地にこごえ

屍地に凍て厳然と旗すゝむ

大地凍て凍てし河載せ傾きぬ

我を撃つ敵と劫暑を倶にせる

沙丘灼け長き兵列天に入る

敵潰え春暑き大黄河あり

空爆の衝動快く憩へり

歌をきゝしばらく耳の明るかりし

雪原に兵叱る声きびしかり

莨なし食後の河が灼けてゐる

岩塩を嘗め眼を瞑り飢ゑ憩ふ

疾風の雲、くもを墜ち人馬湧く

人馬湧く銃担へるは山を抽き

人馬湧きその馬の耳天を刺す

地を駛る雲黄の兵を地に拡ぐ

闇ふかく兵どゞと著きどゞとつく

断崖にとり縋る手の凍て痺れ

闇ひさし闇ひさし地は地鳴せり

山羊のむれうごきほのぼの明けそめぬ

穴ぐらの驢馬と女に日ぽつん

眼をとぢし老とうなゐに鳩とべり

たくましき黄河いつぽん地を貫けり

駛り伏す瞬時の影へ斉射噴く

ひと匍へり砲を遠近に撃ちおとす

シュシュと砲担架中隊匍ひすゝむ

匍ひすゝむ手あげしは傷者見つけしなり

硬き顔弾下短き言とべり

担架舁けりちきしやう狙撃してやがる

重機音まともにこちら向いてゐる

棉はじきつきさす弾は見ゆるごとし

担架揺れ傷者耐ふるは腹に沁む

暗がりにがたんがたんと担架著く

軍医の灯つゝしみぶかき手に蓋はれ

水を欲り重傷者なりやるべきか

水欲し亢奮の掌にのみこぼす

天寒く担架を嶺に舁きならぶ