和歌と俳句

永田耕衣

日のさして今おろかなる寝釈迦かな

たてまつるばらを嗅ぎ居る涅槃かな

田にあればさくらの蕊がみな見ゆる

大空に田がひらめけり甘茶佛

露を飲む瑠璃鳥や涅槃の楢林

死近しとげらげらに笑ひけり

きさらぎの風にも覚めぬ翁かな

きさらぎの灯のさしこめる柩かな

春水や障子とざして観世音

鶯に父の葉書の荒さかな

太白のつらぬく檜葉や猫の恋

松の葉のみな立ちのぼるかな

さへづりのかたまりやすき真風かな

人ごみに蝶の生るる彼岸かな

明くる日の事にこもれる椿かな

ふる蜂のいくつもとべる雪解かな

潮ぬれの藁垣つたふ蝶々かな

牛飛んでひびく堤や櫻月

竹の葉のさしちがひ居る涅槃かな

押入れに灯のさしこめり苗代時

白梅の日に照らふなき花弁ちる

手にもちて春扇とほき思ひかな

人間のことのはにとぶ蝶々かな

春の炉に水音ふれむばかりなる

水にふる雪より濃ゆきかな