和歌と俳句

細見綾子

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来てみればほゝけちらして猫柳

そら豆はまことに青き味したり

うすものを着て雲の行くたのしさよ

でで虫が桑で吹かるゝ秋の風

になり冬になりきつてしまはずに

弱けれど春日ざしなり夢殿

百里来し人の如くに清水見る

元日の昼過ぎにうらさびしけれ

ひし餅のひし形は誰が思ひなる

チューリップ喜びだけを持つてゐる

風吹かず桃と蒸されては八重

ふだん着でふだんの心桃の花

つばめつばめ泥が好きなるかな

貝割菜根といふものゝありにけり

み仏に美しきかなの塵

九頭龍の洗ふ空なる天の川

榛芽ぶき心は湧くにまかせたり

寂光といふあらば見せよ曼殊沙華

塩買ふや紫がゝる冬日暮

粉雪降り鯉をも切に見んと思ふ

野焼跡と思ひしむ間も電車早し

松とぼとぼそのやうに咳せし思ふ

桃の花吾は黙つて日を愛す

幼な日の苗代に散りし柿の花

小田の上ミ小笹かなしきおそわらび

雨意のごと卯の花散れり山下る

鶏頭苗に夜の水やれば露ともつ

遠雷のいとかすかなるたしかさよ

山蟻の土くれなどは軽く越ゆ

桑畑を裏にし住めば露けしや

暮し難き日やかやつり草二本挿す

葉がくれの実棗の青覚めてゐる

荒降りの赤土流れ曼殊沙華

山萩の房々とせし時は過ぐ

桜もみぢ山に対して日過すや

棉の花音といふものなき所

焚火して身にしめり気の到る待つ

人も空も遠きもののみ棗かむ

夕方や萩に豆つく一人に戻る

空広く声たまにくる花八ツ手

上野抜けて来たり夕日の落つにあふ

山へ行き冬いちごの葉見たきかな

山峡の冬空よ生きせばむるか

明日たのむ眼を上げんかな雪夕焼

紅葉焚けば煙這ひゆく水の上

渓谷の夕けはしく紅葉焚く