和歌と俳句

細見綾子

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正月の月が明るい手まり歌

夫婦住む平穏小池に蓮枯らし

夜の霰へ犬を叱りて送らるゝ

母となるか枯草堤行きたりき

みごもりや春土は吾に乾きゆく

みごもりて裾につきゐる春の泥

木蓮の一片を身の内に持つ

いづこよりか来たるいのちと春夜ねむる

家鴨追ふ襟巻をして帽子着て

少女の瞳に春海濁りゐるもたのし

屋根低き生のいとなみ桐の花

露地新樹雀打つ子は直ぐかくれ

粥煮るや桜青葉に眉染まり

新樹照る牛乳あましと言ふも病後

梅雨没り日青桐に来て一つの祈り

子と並び寝てゐるや杏時置き落つ

貰ひ乳子が遠くなる木槿垣

貰ひ乳残りし吾に蝉近く鳴く

乳貰ひ戻るや汗の目をつむり

子も秋へ朝焼雲は母が見て

白木槿嬰児も空を見ることあり

硝子戸の外の野分を見よと言ふ

野分あとの柔らかき日が朝飯に

冬山の麓に住みて子を持てる

時計鳴り目あけてゐるは小さきいのち

父が子に鶏見せてゐる母の視野

汝が眼に映れとつぼむ冬薔薇

冬川の水合ししぶきとなる所

寒卵二つ置きたり相寄らず

一日の栄えや寒卵粥に割る

春になる山に煙が立ちてゐつ

子を抱いて山の煙は子に見えず

草の巣に子をおいて来て鳴く雉子

春の雷閉ぢし目の奥水々し

春雷や若々しきは地の底か

春雨が鼻つたひ貧しくたくましき

雑木山にこぶし点々子の初旅

いつしか暮春いそぎてパンを食べゐし吾

人老いてゑんどうに藁下げてやる

春夜の疲れ空地黒々横たはる

さくら花びら手でぬぐひやる子の涙

松の蕊糸くづつけて立ちて見る

葉桜や石鹸の泡遠のく過去

白き歯よあやめのそばで笑ひしは

貧しき家空地をかこみ桐の花

の葉に蟻ゐることも子の歳月

川に芥押し流れゐて梅雨の町

子供等に砂はたのしき新樹の下

ビール瓶二つかち合ひ遠ざかる

理髪屋の鏡のみどり梅雨親子

暑さ来し影ちゞまりて夫行けり

手を這ひひそかなること何も持たず

裸子がたわめ折りゐる実のある木

寺の妻雨の紫苑を長く切る

幼な子の黒き瞳に合歓近づけ

夏の夜のどぶ板が鳴る身に近し

氷塊をひいてゆく何故か急がず

青田夕日にしばしば顔も手も染まり

夏痩せて遠くの白きもの光る

日まはりの盛んなる日の額の汗