和歌と俳句

細見綾子

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白シャツを汚さじと着て農夫老ゆ

百姓の渋きしはぶき夕顔

飯粒を畳に拾ふすでに晩夏

いちゞくの熟れしを日曜日とせり

いちゞくの家へ急ぐに雨降り来

生きてゐること小さくていちゞく食ふ

子に尿さす桐の一葉落ちて来る

子の尿を犬も見てゐる鶏頭の前

秋晴れの街行き木綿買ひ来たる

秋晴れも午後やバス行く道ぼこり

いちゞくの黄落光る土管にも

町裏や人無きぶらんこ冬の川

働きて帰る枯野の爪の艶

すべて冬木子の重みのみとなりゐつゝ

歳晩や雨のみかんの皮ふみて

歳晩や揺れる電車で街離る

亡母恋ひし電柱に寄せよごれし雪

冬の旅汽車の煙の海辺の町

ストーヴにてかゞやくことが何処かある

久々の夕日手袋の手をかざす

言無き夫と冬日の枳殻垣長し

夜火事が静まれば直ぐ春暁たり

赤犬が居り春帽とならむ

讃美歌や早春の雨後黒き屋根

子が居りて花欲し日脚僅か伸ぶ

春泥を歩く汽笛の鳴る方へ

外套をはじめて着し子胸にボタン

能登麦秋女が運ぶ水美し

汝が散らす松かさの中ねむりし父

足袋あぶる能登の七尾の駅火鉢

古里の人や汗して菜飯食ふ

太き梁に一夜かけたり射たれし雉子

紙漉くや雪の無言の伝はりて

雪渓を仰ぐ反り身に支へなし

鶏頭の頭に雀乗る吾が曼荼羅

木綿縞着たる単純初日受く

豆飯を喰ぶとき親子つながりて

幾度もつまづく木の根万灯会