和歌と俳句

晩夏

牧水
君住まず なりしみやこの 晩夏の 市街の電車に けふも我が乗る

白秋
ひにけに あわただしさの つのりきて 晩夏の街を われは急げり

白秋
晩夏の 月あかき夜に 墓地あひの 細きとほりを 行きて歸るも

白秋
晩夏のひかり しみ入れり 目のまへの 石垣面の しろき大石

茂吉
ふるさとの 蔵の白かべに 鳴きそめし 蝉も身に沁む 晩夏のひかり

晩夏光バットの函に詩を誌す 草田男

坂に見る埠頭夕焼けてゐし晩夏 林火

舟やれば赫き藻なびく晩夏なり 林火

石を照るごとく吾にも晩夏光 綾子

遠ラヂオ晩夏の曲に憶えあり草城

名を知らぬ晩夏の花たてまつる 草城

夜蝉の鳴きうつりしも晩夏かな 綾子

すでに敷くわれが臥処に灯の晩夏 槐太

書を売るは指切るごとし晩夏の坂 三鬼

晩夏光刃物そこらにある怖れ 林火

葛山を占むる晩夏の汽車の笛 林火

唄一節晩夏の蠅を家族とし 三鬼

晩夏光ベッドの端に身を起こす 波郷

晩夏の谿乾草車小さくゆく 欣一

晩夏光老の一文字書いては消し 鷹女

死にがたし生き耐へがたし晩夏光 鷹女

飯粒を畳に拾ふすでに晩夏 綾子

手を振りて別る晩夏の小汽船 欣一

逃れえずここも鏡に晩夏の日 節子

晩夏ながし一木一草なく住めば 林火

御墓辺に晩夏の潮音声なさず 登四郎

ひた寄せて遠引く潮も晩夏なる 登四郎

たぶ大樹晩夏蔭なす門たてり 登四郎

晩夏の音鉄筋の端みな曲り 三鬼

頭上げ下げ叫ぶ晩夏のぼろ鴉 三鬼

亀の甲乾きてならぶ晩夏の城 三鬼

今が永遠顔振り振つて晩夏の熊 三鬼

バシと鳴るグローブ晩夏工場裏 三鬼

逃げ出す小鳥も銜える猫も晩夏一家 三鬼

晩夏また道が尋ねて来るおきな 耕衣