和歌と俳句

西東三鬼

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笑う漁夫怒る海蛇ともに裸

青嵐滅びの砂岩砂こぼす

喫泉飲む疲れて黒き鳥となり

ふつふつと生きて夜中の梅雨運河

落梅は地にあり漁師海にあり

の家単音ひかり仏の具

荒梅雨の沖の汽笛や誰かの忌

梅雨赤日落つるを海が荒れて待つ

モナリザは夜も眠らずの花

かぼちや咲き眼立て爪立て蟹よろこぶ

やわらかき子等梅雨の間の岩礁に

花火見んとて土を踏み階を踏み

舌重き若者林檎いまだ小粒

鉄球の硬さ青空の青林檎

長柄大鎌夏草を薙ぐ悪を刈る

落林檎渋し阿呆もアダムの裔

横長き夕焼大宰の山黒し

なお北へ船の半身夕焼けて

青高原わが変身の裸馬逃げよ

炎天涼し山小屋に積む冬の薪

寡黙の国童子童女に草いちご

港湾や青森のけぞり鳴く

つつ立ちてゆがみゆく顔土用波

富士見ると舟虫集う秋の巌

笛吹き立ち太鼓打ち坐し秋の富士

漁夫の手に綿菓子の棒秋祭

濡れ紙で金魚すくうと泣きもせず

バシと鳴るグローブ晩夏工場裏

鵜舟曳く身を折り曲げて雇われて

火の粉吐き突つ立つ鵜匠はたらく鵜

早舟の火の粉鮎川の皮焦がす

はばたく鵜古代の川の鮎あたらし

潜り出て鮎を得ざりし鵜の顔よ

昼の鵜や鵜匠頭の指ついばみ

いわし雲細身の鵜舟ひる眠る

籠の鵜が飢えし河原の鳶を見る

鵜の糞の黄色鮮烈秋の風

昼の今清しなまぐさかりし鵜川

枯れ星や人形芝居幕をひく

食えぬ茸光り獣の道せまし

うつむきて黒こおろぎの道一筋

立ちて逃ぐる力欲しくて芋食うよ

冬の蠅耳にささやく最後の語

こおろぎが暗闇の使者跳ねてくる

秋の鳶城の森出て宙に遊ぶ

板垣像手上げて錆びて秋の森

冬怒る海へ青年石投げ込む

曲る挺子霜もろともに巌もたげ

枯葉のため小鳥のために石の椅子

子の指先弥次郎兵衛立つ大枯野

安定所の冬石段のかかる磨滅

寒月下の恋双頭の犬となりぬ

河豚鍋や愛憎の憎煮えたぎり

月枯れて漁夫の墓みな腕組める