和歌と俳句

西東三鬼

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電線がつなぐ電柱枯るる中

沖遠し青年が釣り河豚啼けり

海峡に髪逆立てて釣るは河豚

月光に黒髪炎ゆる霜の音

落葉降る動かぬ雲より鉄道へ

赤子泣き凍天切に降りいでぬ

大寒の電柱一本ますぐ立つ

年新し頭がちの雀眼をつむる

餅ふくらむ荒野近づく声ありて

寒の水地より噴き出で血のごとし

空青しかじかむ拳胸を打つ

木枯も使徒の寝息もうらやまし

極寒の寝るほかなくて寝鎮まる

あとかたもなし雪白の田の昨日

暗き春桃色くねるみみずの子

老人の小走り春の三日月へ

泥濘のつめたさ春の城ゆがむ

花冷えの城の石崖手で叩く

あかつきの鶯のあと雀たのし

春は君も鉄材叩き唄うかな

考えては走り出す蟻夜の卓

たんぽぽ茎短し天心に青き穴

春園のホースむくむく水通す

重き夜の中さくら咲き犬走る

硝子割れ病者に春の雲じかに

さくら冷え老工石を切る火花

ふるえ止まぬ車内の造花春の暮

息せるや菜の花明り片頬に

葱の花黒き迅風に雲ちぎれ

光りつつ五月の坂を登りくる

濡れて貧しき土に鉄骨ある五月

みどり子の頬突く五月の波戸場にて

畦塗るを鴉感心して眺む

青崖の生創洗い梅雨ひそか

栗の花われを見抜きし犬ほゆる

父のごとき夏雲立てり津山なり

川湯柔か高くひぐらし低く河鹿

赤松の一本ごとの西日立つ

炎天に声なき叫び下駄割れて

合歓咲けりふるさと乙女下駄ちさし

荒園の力あつまり向日葵立つ

の環に掘るや筋骨濡れ濡れて

秋満つ寺蝶の行方に黒衣美女

吠える犬秋の濁流張り流れ

眼帯の内なる眼にも曼珠沙華

秋風に光る根株へ磯づたう

ちちろ声しぼり鉄塔冷えてゆく

憂し長し鰯雲への滑走路

濁流や秋の西日に蝶染まり

稲雀笑いさざめく朝日の樹

雌が雄食うかまきりの影と形

兄葬る笙ひちりきや葉の根合わず

箸ばさむ骨片の兄許し給