和歌と俳句

西東三鬼

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夜光虫明日の火山へ船すすむ

智恵で臭い狐やの火山島

死者生者竜舌蘭に刻みし名

熔岩の谷間文字食う山羊の

青バナナ逆立ち太る硝子の家

飛び込まず眼下巌噛む夏潮へ

母音まるし海南風の熔岩岬

ラムネ瓶握りて太し見えぬ火山

声涼しさぼてん村の呆け鴉

巌窟の泉水増えし一滴音

老いの手の線香花火山犬吠え

裸そのまま力士の泳ぎ秋祭

秋祭生きてこまごま光る種子

秋潮に神輿うかべて富士に見す

梯子あり颱風の目の青空へ

新涼の咽喉透き通り水下る

つぶやく名良夜の虫の光り過ぐ

真つ向に名月照れり何はじまる

犬の恋楽園苦園秋の風

生ける雉子火山半島の路はばむ

休火山鈍なるものは暖かし

水飲みて酔う秋晴の燈台下

若き漁夫口笛千鳥従えて

白魚をに啜りて歎かんや

遠い女シベリヤの鴨に浮き

どぶろくや金切声の鵙去りて

手をこすり血を呼ぶ深田陸稲刈

夕霧に冷えてかたまり農一家

稲積んで暮れる細舟女ばかり

昭和34年

落葉しずかな木々石山に根を下ろし

石山掘り掘つてどん底霧沈む

面壁の石に血が冷えたがねの香

巨大なる影も石切る地下の秋燈

切石負い地上の秋へ一歩一歩

木の林檎匂い火山に煙立つ

冬耕の短き鍬が老婆の手

冬に生ればつた遅すぎる早すぎる

けもの臭き手袋呉れて行方知れず

黒天にあまる寒星信濃古し

個々に太陽ありて雪嶺全しや

地吹雪の果に池あり虹鱒あり

卵しごきて放つ虹鱒若者よ

月光のつらら折り持ち生き延びる

満開の梅の空白まひる時

豊隆の胸の呼吸へ寒怒濤

霰うつ巌に渇きて若い女

寒の浜婚期の焔焚火より

春の小鳥水浴び散らし弱い地震

寒星下売る風船に息吹き込む

寒夜市目なし達磨が行列す

寒夜市餅臼買いて餅つきたし

ぼろ市に新しきもの夜の霜

ぼろ市さらば精神ぼろの古男

うぐいすや水を打擲する子等に

腰伸して手を振る老婆徒長の麦

火の山のとどろく霞船着きぬ

生ぱんと女心やわらか春嵐

西方に春日紅玉死にゆく人

おぼろ泉を出でて水奔る

舐め癒やす傷やぼうぼう木の芽山

巨大な棺五月のプール乾燥し

光り飛ぶ矢新樹の谷に的ありて

沖に船氷菓舐め取る舌の先

眼鏡かけて刻む西暦椎の花

椎どつと花降らす下修道女

船の煙突に王冠三つ汗ばむ女

煙と排水ほそぼそ北欧船昼寝

新じやがのえくぼ噴井に来て磨く