和歌と俳句

西東三鬼

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荒るる潟鳰くつがえり冬日照る

つまづく山羊かえりみ走る枯野乙女

北国の意志の巌あり落葉すべる

雪ちらほら古電柱は抜かず切る

脚ちぢめ蠅死す人の大晦日

眉と眼の間曇りて雪が降る

寒の星一点ひびく基地の上

霜焼けの薔薇の蕾に飛行音

地にころぶ黒寒雀今の友

枯土堤の山羊の白さに心弱る

かかわりなき売地に霰こまかな粒

寒雷やセメント袋石と化し

寒行の足音戦前戦後なし

北風あたらしマラソン少女髪撥ねて

酸素の火みつめ寒夜の鉄仮面

鉄色に戻る寒夜の焼炉出て

春の崖に黄金朝日バタなき麺麭

芽吹くもの風化の巌に根を下ろし

冬越え得し金魚の新鮮なる欠伸

病院に岩窪の霰夜光る

浮き沈む雪片石切場の火花

無口の牛打ちては個々に死ぬ霰

石炭にシャベル突つ立つ少女の死

鳥も死にしか春山墓地の片つばさ

春山に小市民と犬埴輪の顔

羽ばたけり腐れ運河の春の家鴨

肉色の春月燃ゆる墓の上

すみれ風一段高くボートの池

回る木馬一頭赤し春の昼

子を追いて駆け抜ける犬夕桜

春の洲に牛の重みの足の跡

ごし赤屋根ごしに屍室の扉

雨の珠耳朶にきためく労働祭

水ありて蛙天国星の闇

石の獅子五月の風に鼻孔ひらく

青梅が痩せてぎつしり夜の甕

麦車曳きなし遂げし牛の顔

電報の文字は「ユルセヨ」梅雨の星

光る針縫いただよえりの家

苗代の密なる緑いつまでぞ

梅雨雀古代の塔を湧き立たす

梅雨荒れの砂利踏み天女像へゆく

仏見る間梅雨の野良犬そこに待てよ

天女の前ゴム長靴にほとびし足

泥鰌に泥鴉に暗緑大樹あり

朝蝉の摺り摺る声と日の声と

一片の薔薇散る天地旱の中

下駄はきて星を探しに雷後雨後

広島の忌や浮袋砂まぶれ

原爆の日の拡声器沖へ向く

眼を張りて炎天いゆく心の喪

高原の蝶噴き上げて草いきれ

高原の青栗小粒日の大声

火山灰高地玉虫きりきり舞

高原の枯樹を離れざる

死火山麓の声の子守唄

今生の夏うぐいすや火山灰地

ダム厚く暑し水没者という語あり

ダムの上灼けて土工の墓二十

仰向きて泳ぐ人造湖の隅に

切に濡らすわれより若き父母の墓

銀河の下犬に信頼されて行く

晩夏の音鉄筋の端みな曲り

けなげなる鶏鳴蚊のいる蚊帳に透く

じわじわと西日金魚亡き水槽へ

廃兵の楽ぎざぎざの秋の巌へ

揺れていし岩間の曼珠沙華折らる

豊年や湖へ神輿の金すすむ

大いなる塵罐接収地区の

秋日さす割られ継がれし「芭蕉墓」

城山が透く法師蝉の声の網

貧農の軒とうもろこし石の硬さ

頭上げ下げ叫ぶ晩夏のぼろ鴉

出勤の足は地を飛びばつた跳ぶ

愛撫する月下の犬に硬き骨

野良犬よ落葉にうたれとび上がり

月下匂う残業終えし少女の列

工場出る爪むらさきに秋の暮

秋の夜の地下にうつむき皿洗う

秋の河満ちてつめたき花流る