和歌と俳句

西東三鬼

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16
昭和33年

個は全や落葉の道の大曲り

落葉して木々りんりんと新しや

夜の別れ木枯炎ゆる梢あり

ネロの業火石焼芋の竈に燃ゆ

地に立つ木離れず鳥も切れ凧も

枯広き拓地の声は岩起す

岩山の浅き地表に豆の花

餅焼けば谷間の鴉来よ来よと

鼻風邪や南面巨巌

死顔の寒季の富士は夜光る

素手で掻く岩海苔富士と共に白髪

夜の吹雪言葉のごとく耳に入る

寒柝に合せて生ける肌たたく

黒き月のせて三日月いつまで冬

これが最後の枯木の踊一つ星

落椿かかる地上に菓子のごとし

花咲く樹人の別れは背を向け合い

岩伝う干潟の独語誰も聞くな

うぐいすや死顔めきて巌に寝て

絶壁の氷柱夜となる底びかり

氷柱くわえ泣きの涙の犬はしる

寒のビール狐の落ちし顔で飲む

吹雪く野に立ち太き棒細き棒

首かしげおのれついばみ寒鴉

天の国いよいよ遠し寒雀

犬を呼ぶ女の口笛降り出す

宙凍てて鉄骨林に火の鋲とぶ

降るを高階に見て地上に濡る

蠅生れ天使の翼ひろげたり

道場の雄叫び春の鳩接吻

忘却の青い銅像春のデモ

桜冷え遠方へ砂利踏みゆく音

老斑の月よりの風新樹光る

体ぬくし大緑蔭の緑の馬

まかげして五月を待つよ光る沖

誕生日五月の顔は犬にのみ

荒れ濁る海へ草笛鳴りそろう

分ち飲む冷乳蝕の風起る

いま清き麻酔の女体朝の月

緑蔭の累卵に立ち塩の塔

光る森馬には馬の汗ながれ

荒地すすむ朝焼雀みな前向き

遁走の蝉の行手に落ちゆく日

耳立てて泳ぐや沖の声なき声

強き母弱き父田を植えすすむ

仮住みのここの藪蚊も縞あざやか