和歌と俳句

五月

杢太郎いま亡き五月来りけり 万太郎

往還に五月の崖を赭く断つ 誓子

永久にある五月よ部屋へ這い入る蔦 不死男

美しき五月の晴の日も病みて 草城

美しき五月微熱を憂しとせぬ 草城

眠りたる間に風いでし五月かな 万太郎

えにしだの黄にむせびたる五月かな 万太郎

五月いま午前の新樹道雄の琴 草城

黒衣着て五月の窓に倚らむとす 信子

五月病むキリストのごと血の気失せ 誓子

てのひらに砂を平して五月処女 誓子

光りしは皿か五月の日ぐれとなる 綾子

大学の草に坐りて五月かな 青邨

牛飼のわが友五月来りけり 多佳子

五月雑草空罐ころび行き埋まる 綾子

五月来る獄舎にひそと機械音 欣一

聖蹟の丘たたなはる五月かな 万太郎

牡丹亭獅子文六の五月かな 万太郎

神が火を放つ五月の硬山に 三鬼

ぽつかりと檻破られて五月の青 静塔

まづ船に旅の幸えし五月かな 万太郎

船のひく水尾のひかりも五月かな 万太郎

飛燕鳴き山村五月事多し 秋櫻子

緑の五月朝のそよ風メツォソプラノ 草城

光りつつ五月の坂を登りくる 三鬼

濡れて貧しき土に鉄骨ある五月 三鬼

みどり子の頬突く五月の波戸場にて 三鬼

鳩踏む地かたくすこやか聖五月 静塔

犬逸り五月乙女の腕伸び切る 三鬼

伊豆の鴉吹き上げ五月の風 三鬼

石の獅子五月の風に鼻孔ひらく 三鬼

吸殻を突きさし拾う聖五月 三鬼

伊豆五月声の鴉も古き友 三鬼

恩讐や五月蛇色ドレス著て 鷹女

投げかへす扇ひかりて五月かな 万太郎

われ生れ母みまかれる五月かな 青邨

巨大な棺五月のプール乾燥し 三鬼

五月の海へ手垂れ足垂れ誕生日 三鬼

五月来ぬ心ひらけし五月来ぬ 立子

ひげの鯉に噴出烈し五月の水 三鬼

溝川に砂鉄きらめき五月来ぬ 三鬼

幼き声々大仏殿にこもる五月 三鬼

遠足隊わめき五月の森とび出す 三鬼

呼吸合う五月の闇の燈台光 三鬼

船尾より日出で船首に五月の闇 三鬼

城古び五月の孔雀視がかゆし 三鬼

水の上に五月のわかきいなびかり 林火

碆散つてわかき五月の波なき日 悌二郎

水打つて声谺する五月かな 林火

曇り解き青すぐひろぐ五月野は 林火

肩車され月近し五月の子 林火

屑入に花屑まじる五月かな 林火

五月夜空月あり昼と異ならず 林火

ばらが咲く五月よ切に子を惜しむ 

汗ばめる母美しき五月来ぬ 汀女

五月野の露は一樹の下にあり 草田男