和歌と俳句

沢木欣一

1 2 3 4 5 6

古塔の下空鑵に焚く火に寄りて

冬の緑冬の陽に透き三十路

冬の野に樹影完き緑の樹

正月の小川跳び越え旅の夫婦

藤棚は枯れ旅の日の一隅に

乳母車押されて寒き神の森へ

リュックに詰める松葉正月飛火野

炭俵焚く香正月法善寺

室内の棕梠焼跡に人生きる

三日月寒風女ひとり世に生き難く

寒没日崖下走る草鞋の足

寝巻干し蜜柑皮干し学遠し

列急ぐ春昼黒き城の前

街けわし自家用車より狆のぞく

犬鎖曳きずる春泥笑い得んや

パンと燐寸解放されて青き野へ

頂上にからす野の群爆笑す

野の笑い紙屑走り蜜柑走る

幾年越しベンチに乗つて花に母

鶏鳴やおどろく貌に朝蒼し

老の不安か蓮池の泥罅割れて

藪鶯笑い甘藷提げ三鬼去る

崖上の食後の焚火犬も居て

帰路の飢え焚火ちらちら塀穴に

種蒔くや大地に曲る妻の胴

赤土に春暁を経し卵二個

妻濯ぐ流水ひかり豌豆の花

風の木蓮足頸太き吾妻佇つ

水の下田螺黒き身出し尽す

蝌蚪覗く顔みなすゝけ日本人

五月来る獄舎にひそと機械音

蒼山椒階段ふんで妻もたらす

横顔遠し蟻窓枠をのぼりつめ

炎天の農家入口暗い穴

妻の疲れ蝸牛はみな葉の裏に

炎天や地に分配の塩こぼれ

蝉頭上濁流に向き坂くだる

緑はるか街裏の河芥落す

踊見る強き眼鏡に星こぼれ

盆踊り果てし樹の股朝日さす

梅干しの指匂わせて詩人たり

晩夏の谿乾草車小さくゆく

にんじんを蒔き縮れ毛の友と楽し

溝豆の莢鳴り下積み何時までも

鉄塔の彼方秋暁雲満ちみつ

向日葵を距てゝ薄き壁の父

薄志弱行家鴨に裾をくわえられ

蜥蜴楽し青き牛蒡の葉に乗つて

覗き込むごとく青空霧の馬

飛機に足なし歩行者に雲の峰

草の穂に実が入り一日海濁る

憩う船錨を灼くる砂に刺し

樹の男青き胡桃を地に落す

冬月へ屋上体操ネオンの中

坂下の寒夕焼に牧師侍す

霙音して赤い羽根街に消ゆ

嶺に雪街になかなか家建たず

床下に薪貯え焼酎くむ

手作りの小豆一合コップ占む

息白し長屋の空に変圧器

出征旗まきつけ案山子立ち腐れ

薪に雪昼の鶏鳴地底より