和歌と俳句

桂信子

1 2 3 4 5 6 7 8

短日の湯にゐてとほき楽をきく

木漏れ日のむらさき深く時雨去る

絵に連なり冬山窓に鮮しき

梅林を額明るく過ぎゆけり

春愁の夕べを帰る手の汚れ

雨ふれり春の火鉢に顔ふるひ

きりぎりす素顔平らに昼寝せる

短夜の畳に厚きあしのうら

顔の翳濃く日盛りのカンナ視る

ひぐらしや対きあふひとの眸の疲れ

閑暇憂し金魚は昼の水に浮き

なまぬるき水を呑み干し忿りつぐ

枯園にひとの言葉をかみ砕く

嫁ぐ日近く母の横顔みて居りぬ

朝光に紅薔薇愛し妻となりぬ

短日の薔薇白々と夫遅き

白く蓬髪の夫たくましき

ひるのをんな遠火事飽かず眺めけり

ひと日暮れ風なき街の空やさし

誕生日母に貰ひし足袋はきぬ

夜霧濃し厚き母の掌に手をおけり

夕ざくらしづかにひとの酔さむる

春ふかく芋金色に煮上りぬ

雨ぬくしやすらかに今日の眸を閉づる

桜花爛漫と夫の洋服古びたり

蟻殖えてひとみ鋭く夫病みぬ

花の夕ひとりの視野の中に佇つ

激情あり嶺々の黒きを見て椅子に

夜のケビンしづかにりんご傾きぬ

海昏れてわれ夕風に匂ひけり

わが声のまづしく新樹夕映えぬ

睡蓮に外人の声ひゞきあへり

風青し寝椅子にパイプころがれる

シューベルトあまりに美しく夜の新樹

ひとづまにゑんどうやはらかく煮えぬ

蝉時雨夫のしづかな眸にひたる

夫とゐるやすけさが昏れてゆく

漕ぐわれに水のゆたかさばかりなる

ひとり漕ぐこゝろに重く櫂鳴れり

部屋秋陽夫の匂ひの衣たたむ

あまり清ければ夫をにくみけり

夫ねむりはひそかに河を流れ

夫の咳わが身にひゞき落葉ふる

離る身に松のひゞきはあらあらし

穹を見る眸のやさしくなりて夫癒えぬ

むきあへばカラーが眩し寒林に

クリスマス妻にかなしみいつしか持ち

芽ぶく樹々夫の哀歓に生き足らふ

のかげ友いとし妻さびにける

女の心触れあうてゐて垂るる