母の顔老いしと思ふ朝の霜
病む母に霜の深きをいひ足しぬ
野に出づるひとりの昼や水温む
ひところのわれをかへりみ啄木忌
声とほく水のくもれる杜若
花菖蒲夕べの川のにごりけり
夕づきてさゞなみまぶし花あやめ
庭石に梅雨明けの雷ひゞきけり
蝉なくや袖に射し入る夕薄日
夏草の根元透きつゝ入日かな
白壁に蜂つきあたりつゝ入日
黒蝶のいきづくほとり沼くもり
相ふれてひそやかにあり暁の蝶
燃ゆるもの身に夏萩を手折りけり
夕蝉や松の雫のいまも垂り
蚊を打ちしてのひら白く夏をはる
松の幹みな傾きて九月かな
衰へし犬鶏頭の辺を去らず
母病むや樹々のはざまの天の川
愛憎を母に放ちて秋に入る
母と娘のこゝろ距てて月更くる
月光のとゞく木立や母のこゑ
さびしさはひとには告げね月の樹々
墨すつてひととへだたる十三夜
十六夜やわれのみこもる部屋ほしき
十六夜の母の前なる小盃
手を貸して母を渡すや月の溝
ともしびのひとつは我が家雁わたる
閂をかけて見返る虫の闇
夜々の虫減りゆくなにがなし哀し
恋知らずしてわが一生終ふべきか
月の街歩みしよりの恋ごころ
恋ごころときにはつのり秋ふかむ
夫の忌をこゝろに秋の京に入る
夫の忌の時雨に逢ひし橋の上
夫の忌の時雨しみたるわが袂
青りんごひとりの夜もよきものぞ
りんご食みわが行末は思はざる
りんご食みいちづなる身をいとほしむ
燭の灯に月下の石のゆらぎけり
あなうらのひややけき日の夜の野分
この庭の露びつしりと髪みだれ
秋風の窓ひとつづつしめゆけり
目に触るるものみな乾き秋の風
秋風の馬の臭ひと歩きゐつ
もの思へば鵙のはるけくなりゆける
夕雲にひびきかりがねよと思ふ
かりがねのしづかさをへだてへだて啼く
雁なくや古りたる椅子にひと日かけ
雁なくや昼の憂ひを夜ももてる