和歌と俳句

桂信子

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冬の陽のしばらく耀りて海昏れぬ

大寒の古りし手鏡冴えにけり

たちまちにあられ過ぎゆく風邪ごもり

立春の花白うして風邪ごもり

湯ほてりのひととゆきあふ寒の雨

今日よりの働く顔とむきあへり

今日よりの勤めのわれに固き椅子

うすうすと冬陽のとどく簿書の上

木の芽風海むらさきに明けにけり

朝空や木の芽の雫ふり仰ぐ

あかつきの穹かんばしき木の芽かな

あけぼのの木の芽しづかに雫せり

海鳴りや花のこまかき影を踏む

倚り馴れし柱の冷えや夕ざくら

湯上りの肌の匂へり夕ざくら

夕ざくら見上ぐる顔も昏れにけり

わが面の薄夕映えや花の中

昼しんと花のはづれの松太し

桜、葉となるやをみなの袴白し

夕雲のかたち変へつゝ青あらし

野をゆくや薄物くろき母のあと

傘ひくく母の痩せたる夏野かな

ふり止みて再びはげし蓼の雨

雷去るやひとごゑ高き塀のうち

ふるさとの秋草高き駅に佇つ

ふるさとはよし夕月と鮎の香と

鮎の香や母やすらかにふるさとに

ふるさとのに燿る陽のしづかなる

井を汲むや唐黍わたる風荒し

ふるさとの暗き灯に吊る秋の蚊帳

母ときてふるさとに吊る秋の蚊帳

ふるさとの虫の音高き夜を寝ぬる

天地のひかりしづかに梅咲きぬ

老母と居ればほのかに梅の風

春暁の焼くる我家をしかと見き

春暁の樹々焼けゆくよむしろ美し

かの壁にかゝれる春著焼け失せし

倚り馴れし柱も焼けぬ弥生尽

窓杳く野崎のさくら咲きにけり

初蝉や水面を雲のうつりつゝ

遠山に雲ゆくばかり麦を蒔く

燿るや村人声を高めあふ

曇日の石とむきあふわが秋思

母ねむり無月の空のあかるけれ

きびし母娘こもれる深廂

裏町の泥かゞやけりクリスマス

元日の鳥が来て鳴く裏の川

むらさきの帛紗ひろげぬ雪日和

庭石の耀る日もなくて風邪ごもり

部屋ぬちに声音しづみぬ深く