和歌と俳句

敵といふもの今は無し秋の月 虚子

更級や姨捨山の月ぞこれ 虚子

今朝は早薪割る音や月の宿 虚子

陽が欲しや戦後まどかな月浴びつつ 草田男

俘虜貨車の馬月光の地に降りぬ 静塔

徐々に徐々に月下の俘虜として進む 静塔

月の庭子の寝しあとの子守唄 占魚

夜半すぎて障子の月の明るさよ 虚子

澄み渡る月に心を乱すまじ 虚子

町の子にからかはれゐる月の老 虚子

小諸とは月の裾野に家二千 虚子

踏石に月明らかや庭の面 虚子

水上を埋めし雲に月かかる 普羅

月てるや薙の稗畑まさやけく 普羅

月てるや雲のかかれる四方の山 普羅

天の刻移り大円月渉る 草城

観ることのかなはぬ月の裾明り 草城

焼跡に月の黄つよし彳ちつくす 林火

みちのくや漆喰白き月の屋根 林火

夜々つどひくるひとびとに月の道 林火

母と娘のこゝろ距てて月更くる 信子

月光のとゞく木立や母のこゑ 信子

さびしさはひとには告げね月の樹々 信子

戸隠の山々沈み月高し 虚子

膝立てて月を友とすひとりかな 虚子

月の下生なきものの如く行く 虚子

小諸去る月に名残を惜みつつ 虚子

湯殿ほとともりて月の伏家かな 虚子

日々の糧おほむね黄なり夜々の月 草田男

月の街燈に強弱のあるあはれ 林火

月光を失へば巌黙すなり 林火

男臥て女の夜を月照らす 信子

月の斑や女さみしきまゝ臥たり 信子

心易き家郷の月や暗くとも 虚子

垣外を通る電車や月の庵 虚子

訃を聞くや月の大樹を見すゑつつ 静塔

月光の指善悪をなせる指 静塔

月光のつきぬけてくる樹の匂ひ 信子

月の夜の枕ひきよせ寝るほかなき 信子

亡父に似るおもざし月にてらさるる 信子

ひとりとてひとり歩める月の街 信子

犬しばしかゞめり月のまがりかど 信子

やはらかき身を月光の中に容れ 信子

突く杖にまつはる月のひかりかな 万太郎

一燈なく唐招提寺月明に 多佳子

野の猫が月の伽藍をぬけとほる 多佳子

月天へ塔は裳階をかさねゆく 多佳子

月光に朱うばはれず柱立つ 多佳子

月光のいまも黒髪老いつつあらむ 多佳子

竹洩るる月一片の光かな 汀女

石鎚の嶮に廂す月の庵 風生

上下の諏訪二柱月の湖 たかし

鎌倉の月高まりぬいざさらば 青畝

古き世の玉と懸けけり三輪の月 青畝

月の山大國主命かな 青畝

月仰ぐ浅草うまれ同士かな 万太郎

品川の倉庫つづきも月の情 爽雨

月光のひたととどまる小菜の畝 汀女

月にわが靴下北半島の砂こぼす 楸邨

月の夜に開扉三処の三体仏 誓子

指さきにざらざらの香月に燻ぶ 誓子

奈良の月山出ての上に来る 誓子

月の峰役の行者の飛過の時 誓子

月一夜仏の許に遺髪あり 誓子

墓所とせし淡水の湖月照らす 誓子

水盤のぐるりに月を滴らす 誓子

月よりも上空を飛ぶ白鳥座 誓子

行くにつれ奈良へ退く奈良の月 誓子

月出でていまだ五重の塔越さず 誓子

播州野月蹤いて来る蹤いて来よ 誓子

月の橋川の港に懸りけり 林火

一つ家のその市振の月に我 青畝

月太くぐんぐんとビル引き放ち 汀女

浦守る佛のありて月の海 林火