和歌と俳句

山口誓子

一隅

濡れづめの氷柱が滝の中に立つ

雪の駅駅丁寧に停めり行く

女座の局に吾も修二会見る

髪を撫づ修二会香煙手に受けて

聖霊会迦陵頻伽の翅なよなよ

近く見るその蕊の長睫毛

凍て滝に白玉楼といふ語あり

雪洞は仰向きさくら俯向ける

春潮に飛島はみな子持島

一隅の蝌蚪のかたまり墨こぼし

ラレレラと水田の鳴き交す

雲丹の壺海はどこにも潮忘る

眼をとむる神体山の花菫

清姫の黒き執念磯若布

蜘蛛の囲にかかり蛍火はや食はる

鳥居立つ大白滝を敬へと

大滝は裾の乱れをつくろはず

火なき舟沖に鯖火をつけに行く

雲の峰潰え一切無に帰せり

生きて吾在り渦潮の中に在り

播州野蹤いて来る蹤いて来よ

蟷螂の真黒になり生きつづく

熊の子が飼はれて鉄の鎖舐む

海を行く妙義生れの虎落笛

もがりぶえとぎれとぎれのものがたり

神懸を写し青嶺が石となる

舟虫生かす築城残石は

海草の打ち揚げられし遍路道

焚火の穂こころの如く定まらず

火を焚きて衰太陽を励ませり