和歌と俳句

山口誓子

構橋

膝蓋に掌をあて寒き夜の眠り

鮭年を越したりいまだ刃を当てず

港内の太笛除夜の意を籠めて

寺寺の百八の鐘みな消え果つ

鬼やらふにも何といふ海の暗さ

木造りの駅廊の下田が凍る

海の鴨あはれまむにもみな潜く

鴨の浮き出づるとき海盛り上がる

老婆ひとり海堡に春の日暮まで

並び川翡翠一より他へ移る

沖までの途中に春の月懸る

強東風に野良犬が綟れよれとなり

春浜に兄弟倒しあへる愛

宝石の指輪芝焼くマッチ擦る

やがて焼く芝に一脚椅子が立ち

釈迦眠る蹠に山を画かれて

寝釈迦像人天蓋の下なるかな

頭の方に廻り寝釈迦の頭を眺む

恋猫の近道したり荒蕪の地

雲雀発つ世に残光のあるかぎり

水中界蜷の徐行のつづくなる

銅線をたぐりての上に架け

落花の水海に入らずに溯る

日蔭日向に松の花けぶりそむ

海苔黒く育つ毎年のことなれど

飛行機の部屋の燈夏の夜空とぶ

麦生何起りしや誰か逃げ誰か追ひ

麦藁を以て築きし農夫の塔

籠を出て一翔長き蛍火

雨に田を植う簑の裡褌ひとつ

遮光眼鏡おはぐろとんぼの色をして

避暑の荘水栓一滴一滴洩る

真黒な硯をが舐めまはす

暑き夜の波は漂着する如し

うすものの中に扇をつかふ腕