和歌と俳句

山口誓子

構橋

ペダル踏めばピアノ乱声梅雨ごもり

吾が住める山塊雷の楔うつ

田植詠む泥を掴みしこともなく

しばし掌に置く向日葵の俯向く蘂

頭を垂れし向日葵君等の世も終る

鵜の潜く背をけだものと思ひたり

束の間のことなり鵜匠手を洗ふ

血を混ぜし子なく日本の秋に老ゆ

秋晴にピアノ無韻の時永し

恍惚と童女腹匐ふ籾筵

月に供ふ二十世紀梨の結実を

種子もとび大き穂絮の錘なす

葛繁る家に時報の余韻なほ

冬の暮これから土佐へ行く汽車よ

冬の土佐へと隧道の裡も下る

燈台と同じ眼高冬涯なし

冬の旅鹹き海にて手を洗ふ

暗き故寒き故死ぬる海ならず

寒鴉とぶ室戸岬巌ばかりの上

冬凪ぎて龍馬着袴の後姿

冬の岬阿波のトラック夜も通る

目覚めしは巌巌の間冬の岬

何の実の紅玉ぞ焚く火の中に

焚火の穂よぢれよぢれて常なきなり

寒月懸かる内海の大海原

石蕗黄なり燈台の子の椅子机