和歌と俳句

山口誓子

炎昼

手袋の十本の指を深く組めり

手袋の黒と黒衣とただ黒き

熱さらずの夜火事の夜をあかき

雲の端の照りて春日ををらしむる

大いなる熱春日に暈なせる

春暁のひろき渚に流れ寄る

春暁に遠しひとりのひと通る

春暁の熱はてのひらに炎けてゐる

体温計春暁あはき燈によめる

黄熱の海盤車歎けり春昼

この夜月町田のかはづこゑもせぬ

雲隠る日もまぶしくて木々芽ぐむ

日は雲をさし出で木々の芽を照らす

炊煙がかしこき松に夏まひる

富める人白き子を愛ほしむ

医師にほひ初夏の畳に吾寝たり

脈弱く初夏のひかりに堪へゐたり

初夏まぶし読みがたきまで書を白む

初夏まぶしあはれ寝しまま尿もする

初夏を出て蜥蜴はいまだ軟かき

後頭にあさより暑き日があたる

蜥蜴出て新しき家の主を眄たり

尾がのこりこの家の蜥蜴かくろはず

土つけし甲虫さへ家に匐ふ

ひとつ蚊帳妻もみとりを終へて寝る

いねながら蚊帳の月光掌にすくふ

蚊帳にさめいきづくまいと愛しめる

照る月を蚊帳のうちなる妻と愛づ

夏の日は白光塵を降らしたまふ

み墓べは松ざわめけり里曲灼く

み墓べの打出の字は甍灼く

あしたよりわがすむ字の坂灼けし

御座をがみ灼くる石階の外にいまは

青あらし電車の音と家に来る

没りし日に白き昆虫網ゆける

赭土の崖にも降りぬ夏つばめ

夏つばめ遠き没り日を見つつゐる

夏つばめ思ひいづるとき去りてとほし

夏虫の硬翅空ゆき日は白き

なける蝉やはらかき網に捕らへらる