和歌と俳句

山口誓子

和服

生きてとびし蜻蛉の透翅書にはさむ

鵙叫ぶ老呆けて生きたくはなし

翅触るまで雁のこゑかたまれり

蟷螂の眼の中までも枯れ尽くす

わが病知らず蟷螂吾を攀づ

樹を攀ぢし蟷螂翅でとび降りる

沖に立つ寒煙船の影はなし

冬の浪従へるみな冬の浪

舟漕いで海の寒さの中を行く

を挽く堅きところを挽いて過ぎ

風邪の妻起きて厨に匙落す

風邪癒えぬ身の盛装を凝らしたり

にいづこかの野の声聞ゆ

雪嶺を何時発ちて来し疾風ならむ

降るの空つづきにて海も降る

みな雪の沿岸太平洋に対ふ

子は背にて父に倚る父煖し

濃し胸おしつくる海の柵

かげろふ濱愛することを隠すなし

雪解けや階上のダンス床擦る音

女たることも忘れて芝焼けり

妻の手が芝火より火を頒つなり

暮れ方の田にうつる燈を鋤きゐたり

蝌蚪の溝とぶに力を出し尽す

新燕の頬の褐色医の許へと

巣を奪られたる親雀天翔くる

物書ける吾を信じて巣の雀

みだれつつ藁は雀の巣を守る

猛き蜂ガラス戸の為め鎮めらる

濃し汀線を距るいくばくぞ

茅花しろし自殺文人世に絶えず

地にあれば茅花鳥毛鑑別けがたし