台風に籠りて耳朶に砂溜る
玻璃戸すこしひらきゐるらしや雁のこゑ
まだ聞えねど後続の雁のこゑ
霧通し来る日光の慈しみ
うしろ手に木の実を持てり握り締め
縄跳びの間隔置きて枯野すすむ
頭なき鰤が路上に血を流す
重なれる聖菓の塔を解きて食ふ
身を埋めゐし落葉より世に帰る
麦踏めりこころ屈する背をかがめ
春日照る街道筋に落着けず
春の昼ひとは鬢より白くなる
髭の口乳児の頬吸ふ春の昼
春月の暈をくぐりてなほ昇る
野が焼けばはじめ白鷺驚きたり
焼芝に雨没落は眼に見えねど
焼芝に雨名門の滅び果て
出であひし芝火の焔頒たれず
耕せし土塊を農婦凝と視る
酩酊に似たり涅槃をひた歎き
寝釈迦より百足蟲も金を頒たれたり
酩酊に似たり涅槃をひた歎き
寝釈迦の眉ひとすぢ閉ぢし眼ひとすぢ
やや距りて一眸に涅槃全図
退きて金色の大寝釈迦のみ
果樹園の刺しある線に新燕
背に負へる細きつばさに蜂は寄る
しがらみを落花の水の水のみ過ぐ
青年と腹這ふ前に菫濃し
農婦抱くれんげの花束に過ぎず
蛍火の空にとぎれて継ぐ火なし
早乙女の汚れはげしく町に入る
金魚売る鉢町中の地面透き
病床に妻香水をふりゐたり
臥て読めば胸の上にも紙魚は落つ