和歌と俳句

高浜虚子

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老の杖運びて果す墓参り

秋蝉も泣き蓑虫も泣くのみぞ

敵といふもの今は無し秋の月

黎明を思ひ軒端の秋簾見る

更級や姨捨山のぞこれ

今朝は早薪割る音やの宿

秋晴や或は先祖の墓を撫し

日のくれと子供が言ひて秋の暮

夕煙立ちこめたりし南瓜

ごみすてて汚なからずよ赤のまま

溝そばと赤のまんまと咲きうづみ

白露の抱きつつめり稲の花

板塀の野分の小門締めしまま

老の杖野分の中を散歩かな

木々の柔かに延びちぢみかな

稔りては乱れそめにし黍畑

山畑の粟の稔りの早きかな

坂急に鳴る秋水を顧みる

秋晴や黒斑浅間は指呼の間

秋晴や浅間は常に目にありて

浅間低し我居るところ秋高し

父のあと追ふ子を負ひて秋の山

薄紅葉して静かなる大樹かな

學校が真中にありの村

の波案山子も少し動きをり

もちの穂の黒く目出度し豊の秋

空高く澄みたるもとにたわわ

稲掛けて人の在らざる野を行きぬ

一粒もおろそかならず稲を干す

ここに住む我子訪ひけり十三夜

深秋といふことのあり人も亦

夕紅葉色失ふを見つつあり

草紅葉しぬと素顔を顧みて

浅間八ツ左右に高く秋の立つ

秋立つや藁の小家の百姓家

立秋や時なし大根また播かん

わが足にからまる一葉大いなり

それぞれの形の墓を拜みけり

ひたすらに祖先の墓を拜みけり

詣るにも小さき墓のなつかしく

小さき墓その世のさまを伏し拝む

雷に音をひそめたる秋の蝉

山里の盆の月夜の明るさよ

草花火たらたら落ちぬ芋の上

くさくさの稔りに入りし残暑かな

一塊の雲ありいよよ天高し

物の本西瓜の汁をこぼしたる

朝の日を宿して落つるの玉

白露の広き菜園一眺め

雷に音ひそめたる秋の蝉

秋茄子の日に籠にあふれみつるかな

蜻蛉の逆立ち杭の笑ひをり

人顔の西瓜提灯ともし行く

膝に来て稲妻うすく消ゆるかな

稲妻の今宵は殊に心細そ

一面に南瓜まとへる伏屋かな

蓼の花小諸の径を斯く行かな

秋の灯や夫婦互に無き如く

水鉢にかぶさりのうねりかな

道草にゆふべのの落し物

露葎露の鏡といひつべし

月明き下提灯の火は黄色

夜半すぎて障子のの明るさよ

澄み渡る月に心を乱すまじ

町の子にからかはれゐる月の老

月待つと早く障子の外にあり