和歌と俳句

前田普羅

飛騨人や股稗かしぐかんばの火

人さやぎ飛騨の山稗熟るるとふ

生栗の上の干栗一と莚

美しき栗鼠の歯形や一つ

栗の毬山なす道に出でにけり

栃老いて有るほどの実をこぼしけり

あきらめて橡の実ころげ出でにけり

水上に熟るる万朶の山葡萄

いただきの一枚さわぐ紅葉かな

手ぐられて葡萄の紅葉うらがへし

かけ足して直赤らむや唐辛

花芒平湯の径にかぶされり

月に出て人働けり下り簗

下り簗さして径あり石の上

平湯径よべの秋雨湛え居り

露とけて韋駄天走り葡萄蔓

水上の薙に沈みて渡る

吹きあがる落葉にまじり鳥渡る

簗崩す夜々の水勢に三日の月

水上を埋めし雲にかかる

月てるや薙の稗畑まさやけく

てるや雲のかかれる四方の山

道ばたにくづるる簗の月あかり

囮かけて能登宝達は安らけし

箒木に月の家つづく秋の海

高々と萌黄の空に夕紅葉

蚊一つを訴ふるなり月の客

月見舟一すぢの藻の懸りけり

月の水医王あらはに漕ぎ出づる

下りし音に目ざめつ月の酔

鴫下りし月の浅瀬を渉る

月見舟くづりし橋を渡りけり

珊瑚珠をつけし下げ緒の捨扇

はるかなる秋の海より海女の口笛

白々と海女が潜れる秋の海

秋風に海女の襦袢は飛ばんとす

編みかへす海女の毛糸に秋白し

秋晴や繻子の襟かけ雄島海女

天高し海女の着物に石を置く

掌に葡萄を置いて別れけり

薬師寺唐招提寺 渡る

東塔の見ゆるかぎりの秋野行く

秋風の吹きくる方に帰るなり