顔洗へば粗髯につく山清水
汗のつぶやき人一人さへ救へざる
車窓左右月見草にて降り出せり
紫陽花や旅立つまえの稿ひとつ
笛の音の長梅雨の家洩るるなり
合歓初花水明りしるき羞ぢらひに
ゆるやかに僧のつかへる黒扇子
炎天に昼月無用の光り加へ
今年竹雲湧けどまだ峯なさず
朝日の渦けぶりやまずよ今年竹
茅花流し遠白浪の音伝へ
遊ぶ子を分けゆき熱し梅雨夕焼
白日に紙魚を払ひてかなしめり
雨蛙不思議に酒の飲める夜や
降り出してけぶりて栗の花乱す
道流れ山の雨なり夕端居
水打つて声谺する五月かな
曇り解き青すぐひろぐ五月野は
短夜の痛みの中のねむりかな
薬また変れり石榴咲きつづけ
注射百本梅雨はまだまだ明けぬかな
夏わらび雨の最中に届きけり
昼寝覚雲を眼に入れまた眠る
鮎山女膳に渓流あるごとし
僧房の障子あけあり梅雨月夜