和歌と俳句

久保田万太郎

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かなしさは百合の大きく咲けるさへ

咲き反りし百合のなげきとなりにけり

月も露も涼しきとはのわかれかな

またとでぬ役者なりとよ夏の月

夕焼のすさまじかりし語り草

なつじほの音たかく訃のいたりけり

ふるものときめつつ水を打ちつづけ

あるじなき門べに水の打たれけり

西日まづ秋めきみするあはれかな

地福寺は山を負ふ寺さるすべり

藤村忌百日紅の燃ゆるかに

はや夏の海老をむしりて折りし箸

名物のむかしのあやめ葺きにけり

雷除のお札を髪に暑さかな

四萬六千日の暑さとなりにけり

刻限の踏切番の水打てる

聖蹟の丘たたなはる五月かな

牡丹亭獅子文六の五月かな

牡丹哀しもとより草の深ければ

いつのまに咲いてしまへる牡丹かな

浅草のむかしの空の薄暑かな

ものわすれわらふほかなき薄暑かな

五月場所三社の祭をりからや

立葵やたらに咲ける祭かな

湯の加減いつにかはらず若葉雨

麦笛や山のぼるときくだるとき