和歌と俳句

久保田万太郎

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空港につづく曠野の麦の秋

短夜やこの坂の下地中海

死海みゆるとのみや夏霞

聖蹟はすなはち廃墟雲の峰

死海みゆるとのみや雲の峰

街燈のひとり灯れる白夜かな

菩提樹の並木あかるき白夜かな

またけふも隣は留守や立葵

手摺まで来ては消ゆるや梅雨の雲

くちなしのけふまた咲けり水を打つ

牡丹伐つて朝令暮改あやしまず

菖蒲葺くすなはち風のわたりけり

野づかさの家鯉幟立てにけり

きりきりと矢車まはる迅さかな

ふく風やまつりのしめのはや張られ

みわたすやわりなき麦の秋の果

六月や椎茸煮出汁の御嶽蕎麦

蚊やりの香枕ひくくて眠られぬ

沖の火のみえずなりたる蚊やりかな

大杉の高さみあぐる暑さかな

運不運人のうへにぞ雲の峰

あきくさを描きし団扇ちらばれる

汗涼しいよいよ袖をたくしあげ

帯涼しきりりとしめて立稽古

さしかけの葭簀うれしき端居かな

松風の冷えて金魚の鉢の水