和歌と俳句

久保田万太郎

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杢太郎いま亡き五月来りけり

川上のはやくも灯る五月かな

しまひまで焼けのこりたる菖蒲葺く

松風の夏めく庵を追はれけり

セル著れば風なまめけりおのづから

街道のしばらく海にかな

芍薬の一夜のつぼみほぐれけり

麦の秋さもなき雨にぬれにけり

熟るる風の舟橋わたりけり

短夜のあけゆく水の匂かな

短夜や鏡にかけし覆の紋

ひとりむしいかなる明日の来るならむ

ひとりむしにくしといふにあらねども

うとうとと眠りては覚むひとりむし

浅草の焼けあと吹ける南風かな

身のほどを知る夏羽織著たりけり

単帯かくまで胸のほそりけり

百合一ついのちのかぎり咲けりけり

汗の目に入りたる泪おさへけり

夏の夜のふくるすべなくあけにけり

雲のわく山目のまへに氷店

夏痩やひくめにしめし帯のまた

はや夏に入りたる波の高さかな

眠りたる間に風いでし五月かな

えにしだの黄にむせびたる五月かな