和歌と俳句

久保田万太郎

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松の蕊あかるく梅雨に入りにけり

睡蓮の池まづ梅雨に入りにけり

若きひと死んで哀しきかな

東京へこの道つづく夏木立

桑畑にけふの暑さのつのりつつ

団扇のせし卓の一つや読書室

おもひでの町のだんだら日除かな

結上げて涼しき髷となりにけり

おもひ出して三味線さらふ浴衣かな

叱られて三味線さらふ浴衣かな

夏の夜やよき味もてるかたき役

風鈴や浅草田圃みはるかし

風鈴や雨となりたる風の冷え

一年の重荷おろせしかな

ひさびさに角帯しめし袷かな

ものおもひみせし袷のうなじかな

葉櫻やいよいよ強き雨の中

葉櫻にこめたる闇のふかきかな

濃紫王昭君とあるあやめ

濃紫大淀とあるあやめ

あやめ見や麦藁帽子いと白く

あやめ見や堀切橋の上の夏

梅雨寒き火に鉄瓶のたぎりけり

青梅をふるさとびとよ打落し

瀬の音のうすくきこゆるかな